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 その日の夜は私の心配をよそに、何事も起こらなかった。  翌日の朝、多くの参加者は初日よりさっぱりとした顔になり、私の姿を見つけると、笑顔で挨拶してくれた。2日目から携帯を金庫に預ける人も増えた。残り1日半はより強く自分自身と繋がりたいと感じてくれたのだろう。  朝日くんはそのままだった。主に裏方の仕事を引き受け、忙しそうに駆け回っていた。でも、一度違和感を覚えてしまうと、多くの参加者が私や乾さんにだけ声を掛け、朝日くんの存在は空気のように無視しているということにどうしても意識が向いてしまった。  2日目の夕方からキャンプファイアーの準備を始めた。ただ、すでに木材は組んでいたから、当日するべきことはさほどなかった。自由参加のイベントだし、全員集まっても十数人というこじんまりとした規模だから、気が向いたらみんなで火を囲んで歌おう、くらいのプログラムしかなかった。  開始時刻は空が完全に暗くなる7時半に設定していた。希望者はそれまでに集まってくださいという緩いアナウンスだけした。  参加者が集まってから火がつかないと慌てるのも嫌なので、7時を過ぎた頃、朝日くんは事前に作っていたトーチに灯油をかけて火をつけた。まだ完全な暗闇になっていない群青色の世界にオレンジ色の火が鮮やかに灯り、辺りに広がる。 「なんか、聖火ランナーみたい」  私の言葉に、朝日くんが「いいですね。聖火ランナーやってみたい」と言って笑う。  そのままトーチをキャンプファイアーの中心にある枝に近づけ、火をつける。世界がいっぺんに明るく、そして熱くなる。枝がはぜる音が気持ちよく響く。  火は美しい。機械のプログラムとは違い自然のゆらぎのなかで動き、形を変える炎の姿は、沈黙のなか、いくらでも見つめていられそうだった。 「火には浄化作用があるって、本当なんだろうね」  朝日くんは炎を見つめたまま、静かに頷く。その横顔が強く火に照らされる。顔の輪郭がはっきりとし、陰影が濃くなる。  しばらく朝日くんは炎を見つめ、私はそんな朝日くんを見つめていた。  そして大分経ったころ、朝日くんが唐突に言った。 「なんか僕、満足です」  その言葉にはっとする。
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