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呼ぶ声の主は、家の奥からもすぐに見えた。
女性と子供が立っている。
「はい、は〜い。」
そう言って店主のおばさんは、二人の前まで近づいた。
女性はまだ若く、20代後半ぐらいに見えた。子供は、幼児の年長ぐらいで男の子。
女性は少しオドオドしながら、申し訳なさそうに、
「あの、すいません。たこ焼きを一つ。」
と言った。
店主のおばさんは、慣れた感じで、
「は〜い、たこ焼き一つね。」
と繰り返す。そうしながらも、既にテキパキと手が動きだしていた。
鉄板に火が入り油が敷かれ、生地が流し込まれていく。
女性は子供の手を握ったまま、じっと立っている。
一見、店主はたこ焼きを焼く事に集中し、必死なようにも見えたが、実のところは額や後頭部さらに体のあちこちに、まるで幾つも目があるかのように辺りと、女性と子供を観察しているのだ。
その視線をあたかも感じとっているかのように、女性は緊張した面持ちで、じっと立ち尽くし声も発さずに、焼きあがっていく鉄板のほうを見つめていた。
子供は女性に手を繋がれたまま、この僅かな時間も退屈そうにその場で歩き回ったり、体を斜めに動いてみたりしている。まるで、紐で繋がれた犬みたいな状態だった。
そうしている間にも、立ち上がる湯気や熱気とともに、たこ焼きが焼かれていく音だけが忙しそうに騒ぎだす。
店主は、先が鋭利に伸びたアイスピックを握り、手慣れた手つきでたこ焼きを次々とひっくり返していくのだ。
店主と客は一言も会話する間もなく、たこ焼きが出来ていった。
「はい、お待ちどうさま!」
そう言って店主がたこ焼きの入ったパックをビニール袋に入れて、女性へ差し出した。
女性は、一瞬ハッとした感じだったが、その場から一歩二歩と前へ歩み出てたこ焼きを受け取る。
「500円だよ!」
店主が投げかけた。
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