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ああクソッ。イライラする。このサイトに入れ込んでんのは、スイが努力している姿を真近で見ていたからだって気付いてしまったからだ。アイツはいつも、俺の目の届かないところで仕事をしているから。
でもまあ、アイツがそうしろって言うんなら仕方ない。だけど、ただやられるつもりはない。
俺はパソコンに向き合った。
明後日には、状況が一変する。相手から、サイトの権限をすべて返すとメールが来た。
いやいや、掌返しも甚だしいし、絶対怪しいだろこれ。だけど、スイのパソコンに向かう背中をふっと思い出した。
しばらくマウスに手を乗せたまま矢印を彷徨わせていたけど、消去ボタンをクリックした。
スイが、相手にするなって言ったから。詐欺師相手に滑稽な話だが、俺はこれでもアイツを信用しているのだ。
タイミングよく、その日の夜にスイは帰ってきた。黒い短髪にしていた髪は少し伸びて、ポロシャツにスラックスと清潔感のある格好だ。
例のメールについて話せば「それでいいよ」と微笑んだのでホッとする。
そして次の言葉に耳を疑う。
「多分、近いうちに閉鎖されるよ。そこ」
「なんで分かるんだよ」
「本職の人達に目を付けられ始めてたから」
「本職?」
「売人だよ」
背筋がゾッとした。ドラッグの売人にはマフィアの影が付いて回る。確かに電子ドラッグは、特別な設備も原料も運び屋も要らず、パソコンさえ出来れば出来てしまう。そしてドラッグよりはるかに安価で、出回れば商売上がったりだ。
サイトをこのまま続けてたらどうなっていたんだろう。だから掌を返してきたのか。そういえば、メールもピタリと無くなった。
でも盗賊どもがどうなろうと俺達には関係ないことだ。それに、サイトを閉鎖する数時間前、載せていた動画のセキュリティを全部外しておいたしな。他所で転載されまくっていると思う。アリババの忠実な女奴隷が扉に印を付けて、主人の家の見分けをつかなくしたように。果たして今、あの動画に価値が残っているかどうか。
まあ、それもどうでもいいことだな。
「メシでも食いに行くか?」
「帰ってきたばっかりなのに」
そう言うが、スイは笑っていて満更でもなさそうだ。
俺はスマホを取り出す。パスワードと言う名の呪文を打ち込み鍵を開け、アブラカタブラと唱えるように検索すれば、店の名前やメニューの写真がずらりと並ぶ。ああでもないこうでもないと言い合いながら、結局デリバリーに落ち着いた。
十数分もすれば空飛ぶ絨毯よろしくデリバリーバイクがすっ飛んできて料理を届けてくれる筈だ。
インチキな護符を売り付けるよりずっと有意義な使い方じゃないか。
魔法の石版は、こうやって使うのが正しいに違いない。
end
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