祭り囃子が弾けて

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 陽珠は広い縁側に腰を下ろし、先頃まで住んでいた港町で購った本を一冊、傍らで広げていた。  紙を一枚捲ると、そこには何も記されてはいない。首を傾げてもう一枚、白く細い指で恐る恐る摘み上げる。やはり、何も無い。  いつの間にか、その本は名もない只の紙束となっていた。  狐に包まれた気持ちで、そっと暮れなずむ田舎の空を見上げる。祭囃子の太鼓の音は、また少し大きくなった。  縁側からは、稲の刈り取りが終わって丸坊主になった田が見える。何も無い。生き物の気配が薄い。暮らしが貧しいこの地域では、明日にも別の作物がここに植えられて、住人達の腹を満たすべく大きく育てられることだろう。  束の間の無。  この夜、村は古くから伝わる祭りが執り行われる。  祭囃子には懐かしさよりも、怖れを感じさせる思い出を彷彿とさせられた。それでも陽珠は、縁側の前へ几帳面に揃えて置かれてあった草履を履くと、地面の上を滑るような速さで音の源へと向かっていった。
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