祭り囃子が弾けて

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祭り囃子が弾けて

 ヒグラシの調べは、鬱蒼とした木立の騒めきと生温い風の空きを潜り抜けて、宵闇と哀愁を引き寄せる。  陽珠(はるみ)は、のっぴきならない事情から、ここ森に囲まれた盆地にある実家へと舞い戻ってきた。それまで過ごしてきた潮と異国の香りがする港町には、もう当分足を向けることはないだろう。  学友達への挨拶もそこそこに帰って来た久方ぶりの屋敷は、記憶よりも古ぼけている。苔は芸術家さながらの腕で、壁いっぱいに自らの一生を刻み込んでいるし、いつの間にか出入りの使用人の数もほとんどを失くしていた。  それもそのはず。もうこの家に住まうべき人は、陽珠一人しかありえない。  ここは所謂旧家である。人望が厚く、堅実な暮らしを重ねていた両親は、地域の有力者でもあった。そこかしこに顔や口が利き、限界集落になっているこの村がなんとか村足り得ているのは、彼らのお陰とも言えた。  それが近くの崖から転落し、あちらの世界へと身罷ったのはどういった偶然が重なったのか。誰も知る由もないことの全貌に、陽珠はあと一歩近づけずにいた。  祭囃子が弾ける。
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