プロローグ

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プロローグ

「パパ! 大変! セオジュンが!」  チョットマが駆け込んできた。 「パーティに来ない!」  慌てふためいて、イスを蹴っ飛ばしている。  狭い部屋だ。 「いないって! どこにも!」  チョットマは武装姿。 「ライラが!」 「ちょっと冷静におなり。何を言ってるのか分からないよ」 「ああーん、もう! だから! 行方不明!」  イコマは、 「さあ、そこに座って」と、穏やかに言った。  言われたとおりに、チョットマは自分が蹴飛ばした椅子を起こした。 「さあ、順に話して」  ヘッダーをはずしながら、 「うん」  と頷き、椅子にちょこんと腰かけた。  緑色の長い髪が揺れた。  今日はセオジュンが通うハイスクールの卒業パーティだという。  街のハイスクールと違って、ここ地下エリア、REFの学校の卒業生は例年十人どまり。  今年は特に少なく、わずか三人。  エリアの住民が持ち寄ったものを並べてささやかに祝うのだが、卒業生のひとり、セオジュンが姿を見せなかったという。 「部屋には?」 「いないって」 「ライラは?」 「心当たりないみたい。心配してる!」  セオジュンは孤児ということになっている。  この少年だけでなく、この世界に住む子供達のほとんどは親の顔を知らない。特に、エリアREFでは。  幼少のときから、ライラが面倒をみてきたらしいが、真偽は定かではない。  この世界では、個人の過去を穿り出そうとするような人間はいない。  何回も自動的に再生され、生まれ変わることが義務付けられた社会では。 「で、パーティは?」 「彼がいないのに、開けるはずないじゃない!」  セオジュン以外の二人には気の毒だが、延期となった。  卒業生がひとりいなくなったからということもあるだろうが、この街の状況がそれを許さなかったのだろう。  ここニューキーツの街は、アンドロが支配を強めつつある。  街を治めてきたホメムのレイチェルが行方知れずとなり、人造人間であるアンドロのひとり、タールツーが暫定長官を名乗っている。  そんな状況下での卒業式。  しかも、もうひとつ、外憂がある。  数百年前に地球を飛び立った「神の国巡礼教団」が解体し、そこから発展した「パリサイド」が地球に帰還し、定住を要求しているのだ。  地球全体の問題であるパリサイドへの対応はさておき、アンドロとの攻防は喫緊の課題である。  まずは街を奪還するべく機会を窺っている東部方面攻撃隊、いわゆるンドペキ隊。  このエリアREFの住民の支援を受けて立て篭もっているが、何度かアンドロの襲撃を受け、緊迫した臨戦態勢にあるのだ。  卒業パーティどころではないのだろう。 「主役はやっぱり、セオジュンなんだから」  確かに、セオジュンの成績は飛び抜けている。  二年飛び級で卒業し、十六歳という若さで政府機関、それも治安省への就職まで決まっているという。  卒業パーティに主役というのも妙な表現だが、チョットマがお気に入りの少年なのだ。 「まあね」 「もう! 気のない返事!」  そう言ってチョットマは口を尖らすが、ンドペキ隊の隊員である彼女こそ、エリアREFでは一目置かれる存在である。  いわば、噂の人。 「関心がないわけじゃないよ。いつからいないんだい?」 「昨日の朝。もう、丸一日経ってる!」  イコマは部屋を眺めた。  バーチャルで作られた部屋に、コンフェッションボックス経由でチョットマが訪ねてきたのではない。  エリアREFの実体のある小さな部屋、窓のない小さな空間で、フライングアイとして対面している。  思い出す。  これと同じような会話をこの娘としたのは、わずか二ヵ月ほど前。  あの時は、サリの失踪が腑に落ちないといって、バトルシーツを着たままの姿で駆け込んできたのだった。  今日と同じように。  あれからさまざまな出来事があった。  イコマの身にもチョットマの身にも。  そしてニューキーツの街にも。 「じゃ、チョットマ、君がしっかりしなくちゃ」  チョットマ自身、わかっているのだ。  仲良しになったセオジュンがいなくなったからといって、そのことにかまけている時ではないことを。 「じゃ、パパ。私、なにをすればいい?」  しかしイコマは、この娘自身が隊員として、なにをするべきかを敢えて言いはしなかった。  明日の生死もわからない今、それは彼女自身が考えることであり、隊長であるンドペキが伝えるべきことだからだ。 「ライラのそばにいておあげ」  イコマは、ンドペキの意識としても、こんな風に言って、チョットマをできるだけ柔らかく包んでおいてやりたいと思った。 「うん」  サリの失踪の謎を解いてみせたあの夜以降、チョットマの立場に変化が起きた。  周囲の見る目が大きく変わったということではない。彼女が大きな責務を背負ったというわけでもない。  しかし、いずれそのときが来るかもしれない、という予感。  そんな空気感である。  チョットマの無邪気ともいえる振る舞いも、裏を返せば、そのストレスから自分を解放させようとしてのことかもしれなかった。 ○○○○○○ この物語は前作「ニューキーツ」(完結)からの続きです。 ミステリーとしての「ニューキーツ」のネタバレになります。
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