第一章 三.

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「店長、松浪様、遅いですよね」 「あ? ああ……別に一〇分くらいは誤差のうちだ」 「そうですかね」 「そうだ。水はその辺において、さっさと二俣くんの食器を下げてこい」 「はい……」 ―ああ、まただ。  犬のようにしょんぼりする。どうにも紅乃のそんな表情が汐吉は苦手だった。犬好きであることと、紅乃を従業員というよりも妹のように思っているからこそ、兄の部分が出てきそうになるのである。  仕方ない、と汐吉は店外の様子を見ることにした。できた紅茶をカウンターに置くと、そのまま店のドアを開ける。 「そこ、できてるから」 「はい」 「外の様子を見てくる」  紅乃に告げると、店の外へと出た。  扉を閉めて、背にして立つとキョロキョロと周囲を見渡す。夜だから当然暗く、明かりも“カンテラ”以外には小さな街灯しかない。 「ドタキャンってやつか? まあ損はないが……」  金銭的な損はないが、このまま来ないのは紅乃がかわいそうだ。  そんなことを思っていると、人の気配を感じ左側を向く。ちょうど王子神社へ行くときに通ることになるその道は静かだが、街灯と月の明かりで影ができていた。地面に落ちるそれは、ふらふらと定まっていない。 「なんだ?」
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