第六章 一.

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「……はあ、私、責任の伴うことってすごく苦手なのに……」  遠ざかる頼もしい味方の蒼早をチラリと振り返り、また前を見て橋の近くへ行きながらつぶやく。 ――『そんなに写真を撮るのが下手なのに写真家になるのか?』  なんてことはない、よくある―よくあってはいけないが―上司からのパワハラ。新卒で入った出版会社で、ようやく目標にしていた雑誌に編集者として携われるはずだった。それを、あの名前も思い出したくない上司が妨害したうえに、退職させるだけでなく、自殺の一歩手前までおいつめてきたことがつい先日のように思える。  あの人と、あの会社と決別し、新しい自分になって得た写真家という仕事、そしてウラガミ様という立場。 「……やるわよ、沙雪」  自分に言い聞かせると、松ヶ枝がくればすぐ“拘束”が使えるように蒼早のほうを振り返った。 「……よし」  蒼早は沙雪の視線を受けて、コクリとうなずくと歩き出す。 「松ヶ枝って言ってたな。……松ヶ枝さーん」  名前を呼びかけながら、ゆっくり近づく。彼の低い声が響いた。 「ワカバ ドコダ!」 「……あとで会わせてあげる、よっ!」  そういいながら松ヶ枝の左腕を掴む。ぐいっ、と引っ張りバランスを崩させ、自然と蒼早のほうへと顔を向かせた。  その瞳は紅く、そして蒼早と目が合うと赤茶色に濁る。これで“移動”の効果がかかったことになる。
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