第一章 三.

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 汐吉がよく見ると、足元には黒い靄のような、いや霧のようなものがまとわりついた人が立っていた。ヒールの足音はそこで止まり、足元から上へと視線をうつす。そこにいたのは、見慣れない女性で、しかし瞳の色は紅蓮にも似た赤みを帯びた色をしている。 ―誰だ?  名前も知らない初めて見る人。この辺の住人ではなさそうだった。鞄も持っていない。 「……もしかして、松浪さん、ですか?」  警戒するように後ずさりながら尋ねる。彼女は、返事をせずにただ、 「ウァアア……」 と低い声でうめくだけだ。  その光景に見覚えがあった。八年前、自身の父が亡くなったときも、このように瞳の色が変わり、足だけでなく全体に黒いものがまとわりついていた。 「水品さん! 水品さん!?」 「……!」  誰かの声が聞こえる。やけに必死そうな、鬼気迫ったもので女性の後ろから聞こえた。 「水品さん!」  やや低めのヒール靴で足音を鳴らし、小走りで現れたその人は眼鏡をかけた長髪の女性だった。 「水品さん、いた! もう、勝手にいなくなって」 「え……、いや、あの」 ―その人はまるで化け物になっていますけど?  ということは言えない汐吉が戸惑っていると、眼鏡の女性はそのまま水品と呼ばれた女性の腕をつかんだ。そこで、初めて汐吉に気が付いたように目を向けた。
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