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汐吉がよく見ると、足元には黒い靄のような、いや霧のようなものがまとわりついた人が立っていた。ヒールの足音はそこで止まり、足元から上へと視線をうつす。そこにいたのは、見慣れない女性で、しかし瞳の色は紅蓮にも似た赤みを帯びた色をしている。
―誰だ?
名前も知らない初めて見る人。この辺の住人ではなさそうだった。鞄も持っていない。
「……もしかして、松浪さん、ですか?」
警戒するように後ずさりながら尋ねる。彼女は、返事をせずにただ、
「ウァアア……」
と低い声でうめくだけだ。
その光景に見覚えがあった。八年前、自身の父が亡くなったときも、このように瞳の色が変わり、足だけでなく全体に黒いものがまとわりついていた。
「水品さん! 水品さん!?」
「……!」
誰かの声が聞こえる。やけに必死そうな、鬼気迫ったもので女性の後ろから聞こえた。
「水品さん!」
やや低めのヒール靴で足音を鳴らし、小走りで現れたその人は眼鏡をかけた長髪の女性だった。
「水品さん、いた! もう、勝手にいなくなって」
「え……、いや、あの」
―その人はまるで化け物になっていますけど?
ということは言えない汐吉が戸惑っていると、眼鏡の女性はそのまま水品と呼ばれた女性の腕をつかんだ。そこで、初めて汐吉に気が付いたように目を向けた。
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