第六章 三.

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「俺は……紅乃が、カンテラみたいだからいいなと思ったんだよ」 「……カンテラ?」  思わぬワードに、紅乃は不思議そうに首をかしげて汐吉を見た。彼はやや気まずそうにうなずく。 「カンテラは、ランタンとは少し違っていて、頑丈なんだ。少しくらいの衝撃じゃ壊れない。俺の店の“カンテラ”は、そうなりたい、そうありたいっていう想いがこもってる。両親が死んで、なんとか、大学を卒業した俺には進路とか……希望とか、なんにもなかったから」  ランタンではなかった。外側が頑丈といえるほど強く、それでいてしっかりと灯りをともすカンテラのほうが、汐吉にはぴったりだった。やがて、自分自身が、外からどんな衝撃を与えられても、誰かに灯りをあげ続けられる人になれるように。 「アルバイトを雇うつもりはなかったんだ。時給だって最低賃金スレスレだし、時間も短いだろ? 一人でできないこともないから、一人でやるつもりだった」  そこへ、紅乃が友人の亜子と共にやってきて、カンテラを気に入り、雇ってほしいと汐吉に直談判した。一年前の話だ。 「そうか、もう一年か。早いな」 「まだ一年です。……カンテラの私と、夕飯、行きましょう!」  どうしても、一緒にご飯を食べたいらしい。  汐吉は眉尻を下げて微笑んだ。 「……わかった。仕方ないな、まったく。おごらないぞ」 「平気です、自分の分は自分でお金出します!」  紅乃は明るく笑ってはっきりと言う。汐吉は彼女の隣に並んで、二人は歩き出した。
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