第七章 一.

4/4
前へ
/345ページ
次へ
「……たらればの話はしないで」 「え?」 「……ということを、よく言われるんです、私。過去のことに“もしも”はない、そんなことに余計な時間を使うなって」 「……そうっすか」 「布瀬さんは、警備会社に勤めているんですよね?」 「それもわかってんすか? やだなあ、監視されてるみたい……」 「すみません、無理をいって調べてもらったんです。真菅警視正は悪くないです」 「そこまで調べてどうしたいんすか?」 「布瀬さんに、富岡八幡宮のウラガミ様としてヒナゲシ会に入っていただきたいんです」  沙雪の真剣な表情に、快次が少し後ずさる。彼女は、そのぶん前のめりになった。 「……そんな能力、オレにはないっす」 「能力があるかどうかは、死気に憑かれた人に会わなきゃわかんないよ」 「そうです。それに、警備会社に入ったということは、本当は諦めてないんですよね。誰かを助けたいこと。役に立ちたいこと」  沙雪の慰めのような言葉は、驚くほど素直に、快次の中に落ちた。誰かにそう言ってもらえることを、認めてもらえることを、望んでいたのだとようやく知る。 「警備員がいなくてよかった、なんて思うのは、犯罪者くらいですから」 「……はは。応募した時は、採用してもらえるとは思ってなかったんす。警察も、警備会社も。でも……、どこでも、会っちゃうもんなんすよね。尊敬する人に」  彼は苦笑いを浮かべながらうなずいた。警察では“おやっさん”と呼ぶ先輩、警備会社ではまた同じように上司。警備会社に勤めはじめて一年、ようやく環境になじみ始めた頃だという。 「そう言ってもらえて嬉しいんすけど。オレは、きっとウラガミ様じゃない。やる前からわかる、オレは図体だけでかいビビリだから、きっとみんなの足手まといになるっす」  一人にしてくれ、という意思が彼の顔ににじみ出る。真昼だというのに、この部屋の空気は夕方だ。そう、黄昏。
/345ページ

最初のコメントを投稿しよう!

85人が本棚に入れています
本棚に追加