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第一章 四.
「いらっしゃいませ! あ、店長……」
予約客だと思った紅乃は元気よく挨拶をしたが、入ってきたのは汐吉だったため、明らかにテンションが下がる。内心苦笑いをしつつ、彼がドアを大きくあけた。
「紅乃、客だ。松浪さん」
「こんばんは」
水品を抱えるようにして店内に入ってきた彼女を見て、紅乃の目が輝く。
「ご予約いただいた松浪様ですね!」
犬でいえばコーギーか柴犬かといったところだろうか。犬耳なぞあるはずもないが、それがピンと立ったようなものが、沙雪も汐吉も見えた気がした。
「こちらへどうぞ!! ……あ、その方は、えっと?」
「心配しないで、酔っ払って寝ちゃってるの」
「そうでしたか」
先程外であんな状態だったのを、店内にいた三人とも見ていないようだった。沙雪の説明を素直に信じた紅乃は、近くにある椅子を二つほど席の近くへ持ってくる。
「よかったら、ここへ寝かせてあげてください。椅子だから、ちょっと痛いかもしれないけど」
「いいえ、助かるわ。椅子に座らせようにも難しいから」
沙雪は紅乃へ礼をいうと、水品をそっと横たわらせる。
「これでよし。店長さんとお話したいんだけど、いいですか? 汐吉さん」
「……先に注文してくれ」
「ならドリップコーヒーをいただこうかしら」
「わかった」
まるで店員らしくない答えでうなずくと、すぐカウンターのほうへと向かう。手を洗うとコーヒーを淹れる作業に取り掛かった。
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