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第七章 四.
若葉は、休学届を出したその足で病院へ向かおうと西門から出て、バス停に座っていた。空を眺めてぼうっとしている間に、時間が過ぎたようで、近くを行き交う人もやや増えたか、というところで、横から声がかかる。
「よお、藤枝」
「……?」
声の主は、学内でも有名なチャラ男、もとい、女遊びが激しい館山光希だった。
「館山くんか、何?」
「今日の授業もサボりか?」
「ぼくはサボってないよ、二時限目の授業取ってないし。館山くんの方でしょ」
同級生で同じ学部、そして同じゼミである彼はことあるごとに若葉に話しかけていた。それは友人でもなんでもなく、ただ。
「最近歌ってねえの?」
「……」
「ギターも持ってねえみたいだし。やめたの?」
「……関係ないでしょ。心配しなくても、ぼくは休学するから……」
君の目障りにはならないよ。
そう続ける勇気はなく、ふいっと視線をそらす。館山が話しかけてくるのは、自分をよく見せたいからで、それは若葉が“SNSで噂の”人だからであり、同時に、嫌がらせが始まる前まではこんなに話しかけてもこなかった。
見捨てられた“逸材”のことを気に掛ける優しい男を演出しているというわけだ。
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