第八章 二.

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 想像だけでも、哀れに思えてくる。どうして若葉がそうなってしまったのか。父親は何をしているのか。いろいろと聞きたいことも、言いたいことも出てきそうになる。  だがそれは、彼からは求められていない。だから、他のことを。 「声は出なくても、歌うのはあきらめなかったんだろう?」 「……!」 ――『藤枝さん。あきらめないでくれるなら、私は協力するから!』  変わることをあきらめていた。歌うのはあきらめていなかった。  自分は特別じゃない、みんなに許されて自分には許されていないことがある不幸な人間であると、自分で自分を決めつけていた。  いや、それは事実だ。それでも、抗い続けた。 「死ぬってことは、歌うのをあきらめるってことになるんじゃないか。がんばってきたことを、やめるのか?」  唯一、できていたこと。歌をもう一度歌えるようにと、声を出そうとしていたこと。 ―もし、このまま家で死ぬことを選んでいたら。  大好きな歌を、自分の手で終わらせていたことになる。
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