第九章 二.

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「俺が抱える、若葉は正面から」 「はい」  汐吉が亜子の体を抱えなおして、額を合わせやすくするように少し上のほうに持ち上げる。若葉は、数秒迷ったのち、目を閉じて顔を近づけた。二人のおでこがふれあう。  すると、視界は黒いはずなのに、“亜子”が立っていた。何もない空間から逃げようとしている。 ―「金崎さん!」  汐吉が呼んでいた名前を覚えていた若葉は、そう呼びかける。彼女は、涙をためた目で彼を見るとまっすぐ走ってきた。 ―「助けて、あれに殺されちゃう」  あれ、を若葉は見ることができない。ただの黒い空間だ。でも、亜子は必死に若葉のほうへ手をのばしている。  思わず、若葉も手をのばした。男にしては細い腕を、亜子の手を掴むために必死に前へのばし、彼女の手をつかむ。そうして、力強く自分の方へ引っ張る。
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