第九章 三.

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「松浪って、松浪沙雪?」 「あれ、その人も知ってるの? そうよ、名前はあってる」 「……先週の日曜日、大手町にいました?」 「先週? ええ、いたわね。二俣くんと会う約束をしていたから」  あの日、彼と会う約束をしていたのは彼女だったということになる。 「そう、あの日ねえ、二俣くん珍しく遅れてきたからどうしたのかしらって思っていたんだけど。イヤホンを買ったとかなんとか」 「イヤホン?」 「うん。ほら、最近増えてるでしょ? イヤホンしたまま歩いてる人」 「Bluetoothイヤホンってことですね」  汐吉のオウム返しな問いに瑞樹がうなずけば、紅乃は自身も使っているのか、理解を示すようにウンウンと相槌をうった。 「私は持ってないんだけど――って、それはいいのよ。もう会社に戻っていいかしら? 明日、天芽ちゃんの退院にあわせてまた来ますので。……一応、仕事上の保護者というこことになっていますから」  天芽の両親ではないが、責任者ということになっているらしい。 「でも、不思議なことがあるものねえ」 「え?」 「あの黒いやつ、あなた達にも見えてたんでしょ」  瑞樹の言葉に、その場にいた全員がかたまった。
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