第十章 一.

5/5
前へ
/345ページ
次へ
「たぶん、父は、ぼくがちゃんと会話をしたから、それで本気だと分かってくれたんだと思います。このギターだって、ぼくが欲しいって言ったから買ってくれたものなので」  今日、若葉は、いつも背にしているギターを持ってきていた。床に寝かせるようにおいていたそれを、そっとなぞる。 「ぼく、これまでみたいに、亀戸天神社に歌を歌いに行きたいんですけど、いいですか?休学するのも、やめようと思っていて」 「……もちろん、賛成よ。ね、蒼早くん」 「うん。そういえば、君の歌、聞いたことないんだよね。今日あたり、どう?」 「えっ……、……ギターをさわるの久しぶりなんですけど……」 「一曲、ワンコーラスだけでいいから」 「私もききたーい!」  すすす、と蒼早のほうに沙雪が移動する。自然と、二人を観客にする形になり、若葉の表情は驚いた表情からすぐに微笑みへと変わった。 「……分かりました。つたないですけど、聞いてください」  ギターをケースから取り出すと、立ち上がる。その晩、ヒナゲシ邸では若葉の久しぶりの――沙雪と蒼早のためだけのライブが開催された。
/345ページ

最初のコメントを投稿しよう!

85人が本棚に入れています
本棚に追加