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紅乃を呼ぶのがいつものことなのに、と思いながら汐吉が立ち上がろうとすると、侑斗はポン、と彼の右肩に手を置いた。
「人間なら、感情のひとつやふたつ、ありますよ」
「それは……どういう意味?」
「店長さんが人間でよかった、という意味です。いつも新聞か本を読んでいて静かだから。声を荒げることもあるのは、仲間のような気がして嬉しいです」
侑斗にとっては褒め言葉で、汐吉もまた、それが彼なりの慰めであることも理解した。大学を卒業すると同時に開いたこの店に、初めて足を踏み入れた客でもある彼だ。汐吉との付き合いは真菅警視正には劣るものの長いほうである。
「……ありがとう。席、戻ってていいよ」
「はい。小説、できたら読んでくださいね」
「君の話は面白いから楽しみにしているよ」
汐吉はようやく穏やかな表情になり、静かにうなずいた。
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