85人が本棚に入れています
本棚に追加
/345ページ
第二章 一.
――『汐吉、ちゃんと大学に行きなさい。三時間目からなんでしょう』
そう言って、母親・美奈代に授業への出席を催促されたのがもう八年前とは思えない。
カンテラは建物の一階部分にあたり、二階は自宅になっているが、かつては一階も住居スペースだった。そう、汐吉は受け継いだ家を改装し住宅兼店としている。
カンテラの営業を終え、就寝の準備をして布団にもぐった彼は、頭の下で腕組みしながらつぶやく。
「浄化、か。仮に、本当に俺が能力を持ってるとして……」
先ほどの、黒い煙が消えていったのは幻覚でもなんでもなく、きっとおそらく現実だった。
ふと、腕組みしていた手をほどいて、右手を目の前に持ってきて見つめる。
八年前、何もすることができなかったこの手に、死気とやらを消すことができる能力が本当にあるのだろうか。もしあるのだとしたら、いつからあるのだろうか。
父親が死気だったとしたら、止められなかったのだろうか。
――『お父さんには言ってないんだけど、最近、買い物帰りとか誰かにつけられているみたいなの』
――『意識しすぎだって、四十半ばのお袋がストーカーなんかされるかよ』
正直、それが本音だった。汐吉からみても、確かに美奈代は年齢の割には若く見えた。童顔だったのも関係していたかもしれない。それゆえ、汐吉は周囲から父親似だとよく言われていた。
それすらも、今では鎖となっている。
母親を殺した父親と似ている自身の顔。
母親を殺した父親をどうすることもできなかった自身の手。
そして、母親に暴力をふるっていた加害者の男・門田稜を止めることができなかった自身。
最初のコメントを投稿しよう!