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「……あれ、本当に覚えていませんか? 今日の二〇時から二名様で、松浪様という方」
汐吉は、天井を見上げた。人間は、過去のことを思い出そうとするとき上空を見るそうだが、そんなことはこの際どうでもよく、ただ本当にその電話があったかどうかを思い出そうとしているに過ぎない。
「電話を受けたのは紅乃なんだよな」
「そうですよ。あ、ほら、カレンダーにも書いてます」
ほらほら、と証拠を見せるように、カウンターの内側にある卓上カレンダーを紅乃が持ち上げて汐吉に見せる。
「予約っていったって、席だけだろ? うちにはケーキとか手間のかかるもんはないし、ほかの食べ物は冷凍だし」
「そういうこと言わないでくださいよ! その代わりにコーヒー豆と茶葉にはこだわってるって言ってたじゃないですか」
事実、コーヒー豆と茶葉はメインとなるのだから、汐吉はそれはもう探しに探してこれはというものを買いつけている。紅乃が来る二年前までは汐吉が一人でやっていた程度ゆえに、料理は簡単なものしかない。それこそ、電子レンジさえあれば調理がすむようなものばかりだ。
「確かに、松浪様は席だけのご予約ですけど……」
紅乃は汐吉をたしなめながらも少し不満げに口をとがらせた。
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