第五章 二.

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「はっ……! すみません、私ったらはしたない……」 「喰代、沙雪は純情なんだよ。からかわないで」 「そんなことしてないけど!? アンタは寝てただろ!」 「もー、わめかないでよ、いい大人が」  いつの間にか、汐吉の言い合いの相手が蒼早に代わる。キリがないと感じた汐吉は、もういい、と半ばやけくそに、無理やり話題転換をした。 「それで、松浪さんが調べた藤枝さんというのはどういう?」 「藤枝さんは歌わなくても亀戸天神社に不定期に行っているみたいね。野良猫と遊んでいるとか。だいたいの行動と大学での様子とかはそんなかんじで……あ、実家暮らしというのも分かりました」  ということは、少なくとも、大学に通える範囲に住んでいるであろうことがわかる。 「喰代の店さ、二階が家なんでしょ。持ち家? っていうのかな、親のだったの? あそこ」 「ああ、一軒家だった。俺だけになってからは、広すぎるから改装して店にしたんだ」  普通の一軒家を掃除して庭の手入れもして……というのは、彼にとって負担だった。面倒くさがり、ということを差しひいても、独身一人の、しかも大学生が暮らすには広すぎた。店をやって、ようやくちょうどよくなったくらいである。 「寂しいって思うこと、ある?」 「……寂しいっていうより、苦しいって思う方が多い。この八年があったから、慣れてきたってところだけど……。あ、でも、そういうのってだいたい夜だから。昼と寝ている間は平和だ」 「夜営業なの、それが理由?」 「違うよ。店の名前がカンテラだから。それが理由だ」  即答で否定したが、実際のところ、そういう面もあるのかもしれないと汐吉は気付き始めていた。それでも、見ないふりをする。
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