父ハヤブサのハント

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父ハヤブサのハント

 おれは狩猟本能に導かれるまま跳躍(ちょうやく)した。狩り開始の動作だ。遠方を飛ぶピジョンの群れ全体にピリリと緊張が(でん)()するのがわかった。向こうも馬鹿じゃないのでこっちの腹には気づいてる。連中は必死に回避しようとするだろう。だが逃しはしないぜ。おまえたちのうちのかがおれたち一家の養分となるんだからな。おれは羽ばたきを強め目標(ターゲット)一直線にどんどん加速した。連中もこっちに追いつかれまいとスピードを上げて引き離しにかかる。  追いかけっこなら得意だぜ。おまえたちが抵抗すればするほどこっちの闘争の熱はより燃え上がるんだ。絶対に捕まえてやる、なんとしても食ってやるってな。  (なん)なく目と鼻の先まで距離を詰め、塊に急接近(せっきん)する。もう少しで触れる、というところで、連中はいきなり進行方向を変えた。おれは肩の力をゆるめ、とうとつに目の前に(ひら)けた空間をそのまま通過した。小回りの利く連中は厄介だぜ。大きく旋回し、群れが逃れていった方向にあらためて狙いをつける。引き離されてしまったがあわてず騒がず追いかける。うまくいくと思いきや成功しないなんてことはザルだ。相応のハードルを乗り越える覚悟でいないとな。  上空から遠回りに追跡(ついせき)して()を窺い続ける。平気だ。まだまだ肩慣らしに過ぎない。本領を発揮するのはこれからさ。しばらくは追いつ追われつの攻防が続いた。おれがスピードを出して追いつくと相手は急な方向転換でさらりとかわす。距離も離される。恐るべき集団行動だ。一つのデカい生き物のように縦横無尽にうねる。おれはそれを追い回す。らちが明かない。このままでは無駄に体力を消費するばかりだ。そろそろ猛攻のしかけどきだな。  羽ばたきを強め高速飛翔(ひしょう)に切り替える。おれは弾丸の勢いでピジョンの塊をびゅんと()ち抜き(かざ)(あな)をあけてやった。二手に分かれた集団の一方に狙いをつけ猛然(もうぜん)(つい)()する。まだまとまりきれていない不安定な塊のほつれ部分、はみ出したり遅れを取ってるやつが出だしている。おれはこの瞬間をずっと狙っていた。  群れから離れた一羽をロックオンし、この機を逃すまいと何度目かの急加速をした。追撃(ついげき)の始まりだ。おれは一気に相手の真後ろまで迫り、その肩をがっちり捕まんと足指を開いた。が、強風に(あお)られた花びらが(ひるがえ)りでもするようにひらり攻撃をかわされ、スカッと空振りに終わる。  ちっ、こんなもんさ。  次はないと思えよ。  逃した一羽は群れに戻るべく命からがら飛んでいった。群れは初めに分かれたもう一つのグループと合流し、個々に散った連中も加わって元通りになる。もちろんおれは追撃の構えを解かない。  様子見からの徐々に接近、次いで群れに急発進(はっしん)で迫り、四方八方から矢継(やつ)ぎ早に攻撃を浴びせ続ける。都度(つど)抵抗するピジョンの群れにおれは払っても払っても離れない蝿のようにしぶとくつきまとい、疾風(しっぷう)が宙を舞う木の葉を絡め取り翻弄(ほんろう)するようにがんがん攻めまくった。火事場の馬鹿力というやつか。おれは思いがけないタフネスをフル発揮していた。  ただではすまさないぞ。おれも家族も腹ペコなんだ。確実にとっ捕まえてやるからな。捕まえる以外の選択肢なぞないんだよ。  引き続き粘りづよく群れに接近する。びゅんと弾丸のごとく風を切り、塊のまん中をぶち抜いてかき乱した。今までよりも乱れが激しい。ばらけたピジョンのうちの一羽にすかさずターゲットを絞り、執拗(しつよう)な追撃を開始する。逃げるピジョン。文字通り死にものぐるいに逃げる。群れからの完全な切り離しに成功――とたんに形勢がおれに傾く。いい調子だ。あさっての方向に突き進む一羽にあっという()に迫り、ガッ! と前方に足を振り上げて攻撃をしかける。相手の抵抗で過ぎざまに指先の爪が体をかする程度にとどまった。少しは怪我を負わせられたか? 相手はバランスを崩しろめきながらもがむしゃらに逃げる。おれは間髪(かんぱつ)いれず後を追う。  背中を取られ、降下して距離を引き離そうとするピジョン。  しめた。自ら()(けつ)に落っこちたな。ここからがおれの(ほん)(りょう)発揮(はっき)だ。  頭を大地に向き合わせ、天地逆転の体勢に構える。外側の風切り羽を体と平行に折りたたみ、完成された(りゅう)線型(せんけい)フォルムにチェンジ。落下の勢いを利用して、そのまま獲物へとまっしぐらに急降下した。凄まじいスピードで風を切り瞬時に縮まる距離。まるでミサイル。おれの興奮は狩る瞬間を期待して最高潮(ピーク)に達する。直前、左右の翼をパラシュートのごとくバサッ! と広げ、獲物の体めがけ鋭利な(タロン)を突き出した。  食らえ!  スピードを乗せた強烈な一撃が、相手の翼のつけ根あたりにぶち当たる。  傷ついた羽毛の一部が火花のように派手に飛び散り、宙に散乱する。おれは体勢を立て直して相手の様子を確認した。  ピジョンの動きはがくがくと明らかに不安定に変じている。羽ばたく力を失いだんだんと大地に引き寄せられていった。中途半端に怪我を負わせた感じだな。美しくはないが、まあ、上首尾だ。飛べない獲物はただのエサ、捕まえたのと同じだ。さて、回収しに行くとするか。そして休憩するとしよう。激しいフライトの連続でへとへとなのさ。
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