第四話

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第四話

 腰に、痺れが走った。低い声が直接流し込まれ、聞こえよがしにちゅ……と耳に口付ける音が脳に響く。  夢破れた青年が、唐突に誘惑者へと変貌した。相手は百戦錬磨のホストなのだと、今の今まで忘れていた。  軽く体を離したコータが、顔を傾けて近づいてくる。キスされると思った瞬間、博也は抵抗することも思いつかずに目を閉じていた。  ごくごくカジュアルに、唇に軽く吸い付かれる。遊びを仕掛けるかのように軽く柔らかく二度三度と啄ばまれるうちに、緊張が続かなくなって博也の力が少し抜けた。肉厚ぎみなコータの唇でふにふにと唇を包み込まれるのは、実際のところ気持ちが良かった。  そんな博也の弛緩を目ざとく見て取ったのか、ぬるりとコータの舌が入ってくる。びくりと肩を揺らしたが、舌は何もせずにすぐ出て行った。  そしてまた角度を変えて口付けられ、舌が入ってくる。今度は博也の舌先につんと触れた。だが、それだけでまた出て行ってしまった。  何度も何度も、少しだけ博也の舌と擦り合わせたり、頬の内側を舐めて、すぐにコータの舌が離れる。その度に唇も離れるから博也は息継ぎをするのだが、大きな息をつく猶予は与えられずにまた唇を塞がれる。  繰り返される内に、去っていく舌がもどかしくなって、追いかけるように博也の舌も応え始めてしまった。  ゲイではないはずのコータにキスされたことに初めは驚いたが、極稀にだが男性客の相手をすることもあるホストという人種は、あまり相手の性別に拘らないのかななどとぼんやりと考える。  本当はそんなことがあるはずがないのだが、博也が初めて出会ったホストはモモで、そのモモがあまりにも自然にキスしてきたから、ホストとはそういうものかと思ってしまったのだ。  初めて味わうモモ以外の唇の感触は強烈だった。舌で何度も誘いをかけられると、博也の体には簡単に火が灯った。腰をもじつかせ、自分から舌をコータの口に挿し込み、離れていかないようにTシャツの胸元を強く掴む。するとコータは、厚めの唇をぴったりと博也の唇に覆い被し、遂に誘い出された舌を強く吸い上げた。 「んっ……ふっ……」  自分の上ずった鼻声と舌を吸い上げられる水音が気になって、慌てて横目で周囲を伺うが、幸い誰も後ろを振り返ってはいない。  スクリーンでは折しも、下着姿となった女優の豊満な肉体による誘惑が繰り広げられていた。  あんな柔らかそうな胸があったら、コータは顔を埋めてたり揉んだりして、もっと安らげたかなと思う。  だが、同性の博也相手でもいいからこういう慰めが欲しい気分だというのなら、いくらでも与えてあげたかった。  モモは喉の奥まで犯すようなキスが好みだったが、コータは駆け引きしながらお互いの舌を絡めるようなキスが好きらしい。激しいキスに頭がぼうっとなってしまい、博也の舌の動きが緩慢になると、叱るように軽く歯を立てられる。正気づいて絡めようとすると、コータの舌はつれなく逃げた。一生懸命伸ばして近づけると、強い力で押し返され、左右に大きく翻弄される。たまらず「うんっ」と息を漏らせば、刺し違えるように押し入ってきた舌に上顎をなぞられた。  人によってキスの仕方にこんなに違いがあるなんて、博也はこれまで知らなかった。コータのキスは先が読めなくて、つい夢中になってしまう。  コータの好みに応えたくて、博也は懸命に自分からも攻めた。唾液が顎から滴っても拭いもしなかった。自分が感じている以上に、コータを感じさせたかった。  だが、浴衣の裾を割って侵入してきたコータの手が素肌の太腿に触れると、博也の舌はびくりと動きを止めてしまった。コータは痛いほどに舌を吸い上げ、戸惑う様子もなく内腿をゆっくりと上へとなぞり上げていく。  博也は半ばパニックになって、舌を吸われたまま目を見開いた。半眼でキスを楽しんでいたらしいコータの目が、同じように見開かれる。コータの手は、既にしっとりと濡れていた屹立にたどり着いた。  下着に阻まれることなく。 「なんで穿いてないの」  ちゅっと音を立てて離れた口が、博也の耳に再び低い声を流し込む。その声には恐れていたような軽蔑はなく、むしろひどく興奮したようなざらつきがあった。 「ゆ、浴衣と言えばノーパンだろってモモが、んっ……」  皆まで言わせずまた唇を塞がれた上に、はしたなさをからかうように鈴口を爪先で引っ掻かれた。 「うんっ」  びくりと反応するが、思わず漏れた声はコータの口の中に吸い込まれる。 「ほんと、モモさんって男のロマンを地でいってるよなぁ。悔しいけど」  コータは言うなり浴衣の裾を大きく割り開き、露出させた博也の屹立を躊躇い無く上下に扱いた。 「あっ、あっ」  声を我慢しなければと思うが、こんな場所でこんなことをと思うと、感覚が何倍も鋭くなったようで酷く感じてしまう。しかも、初めて触れるコータの手だ。握る強さも、擦るスピードも、馴染んだモモの手とはあまりにも違っていた。 「モモさんといろんなプレイしたって言ってたよね。映画館でフェラってしたことある?」  手の動きを止めないまま耳元で問いかけられ、博也はふるふるとかぶりを振る。フェラどころか、映画館に一緒に行ったこともなかった。  コータが右手で博也を扱いたまま、左手で不自由そうに自分のズボンのホックを外そうとしている。博也は快感に息を切らしながらも、コータの手に自分の手を重ねて動きを止めた。そして自らコータの股間に手を伸ばし、躊躇い無くホックを外してジッパーを引き下げた。  場内はスクリーンの光だけが光源のため、前の座席の背で影になったコータの下半身は暗がりに沈んでぼんやりとしか見えない。だが、コータが身じろぎし、軽く腰を上げて自分でズボンと下着を太股の中ほどまでずり下ろすと、興奮しきった雄が勢いよく飛び出してきたのがはっきりとわかった。  博也はつい周囲の状況を忘れてうっとりとし、影になっていてその姿をはっきりと見られないことを残念に思ってしまう。経験人数は一人だけだが、ソレがどんなに持ち主に正直で、自分を気持ちよくしてくれる物か身に染みてよく知っている博也は、すっかりその虜となっていた。  扱かれて雫を零し始めていた自分の昂りを浴衣の隙間から露出させたまま、迷い無くコータの股間に顔を伏せる。舌先を固くして狙いを定め、ピンポイントで鈴口に舌を捻じ込んだ。 「うっ」  頭上から呻きが聞こえ、コータの腰がびくりと波打つ。その動きに合わせて剛直も揺れてしまったので、博也は唇をすぼめ、先端を強い力でじゅるんと口内に吸い込んだ。 「うあっ」  括れの部分に溜まった皮を唇で押し下げながら先端を吸引し、鈴口を舌でくじり続ける。コータは低く唸りながら、思わずといったように二度三度と博也の口の中に肉棒を突き上げた。気持ちいいらしい。  その動きに、もっと深くまで要求されているのだとわかる。だが、狭い座席に座ったままでは上半身を捻った無理な体勢にならざるを得ず、深く飲み込めない。  博也がもぞもぞとしていると、博也の左隣に座るコータが手を伸ばして、博也の右側の肘掛も上げてくれた。おかげで席が広くなり、博也は腰を軽く突き出して、深く体を折り曲げることができた。  鼻から息を全て吐き出し、口から息を吸おうとする勢いで思い切り肉棒を吸い上げて顔を沈める。かなり長くて全部を飲み込めるか心配になったが、喉の奥に先端がとんっと当たったところで、左頬がコータの下繁えに触れた。  喉の奥までみっちりと雄で満たされたことが嬉しくて、博也は満足げに自分の頬越しに筒の側面を指先でなぞった。鼻で忙しなく浅い息をつきながらも、喉の奥をぐっぐっと先端に押し付ける。その苦しさへの反射で、ぎゅっと喉の奥が締まるのがわかる。さっき口の中で味わったあのつるつるとした先端をもっと自分の深い場所で可愛がっているのだと思うと、苦しくてもやめられなかった。  だが、はぁはぁと荒い息をつきながら後頭部にそっと大きな手の平を乗せられて、コータが動いて欲しがっていることを察する。このまま頭を押さえて喉の奥を突いていいよと伝えたいが、それを伝えられる状況でもなく、博也は仕方がなくゆっくりと頭を上下させ始めた。  喉の奥を突いてもらうほうが音が出ないだろうと思ったのだが、案の定、ぷちゅぶちゅと唇と肉棒の摩擦で水音がしてしまう。スクリーンは見えないがアクションシーンのようで、怒鳴り声や爆発音が大音量で場内を満たしているのが救いだ。  だが、唾液と先走りを啜り上げる大きな音を立てるわけにもいかず、唇から溢れるままにコータの下繁えも博也の口の周りもべったりと濡れてしまっていた。  それでも、博也はコータを気持ちよくしようと懸命に努力した。舌も上顎も頬の内側も喉の奥も全て使って、コータの雄に尽くした。左手で濡れた茂みを掻き分けて根元と唇の密着を高め、右手で張り詰めた玉を転がし、会陰を揉む。先走りの味がどんどん濃くなってきて、コータが高まっているのを感じる。  博也は自分の物も後ろも触りたくて仕方がなかったが、さすがにこんな所ではと必死に我慢していた。だが、そんな我慢を嘲笑うように、コータが手を伸ばして博也の尻を鷲掴みにした。そしてすっかり乱れてしまった浴衣の裾をまくり上げ、下着に覆われていない尻を暗闇の中に晒してしまう。  ひんやりとした空気に触れ、博也の下半身にざっと鳥肌が立った。一番恥ずかしい場所を、映画館の座席で丸出しにされている。コータを咥えたままの博也の喉が、ぐっと音を立てた。  コータの大きな手が、キスとは正反対の無遠慮さで尻たぶを揉みしだく。肉のほとんどついていない尻を揉んでもコータは面白くないだろうが、その少し乱暴な刺激は博也の性感を強く刺激する。しかも、掴んだまま揺さぶられると性器や中にも振動が伝わって、我慢しきれないほど欲望は一層高まった。  しかし、指がつっと割れ目に近づいてくると、博也は初めてコータの屹立から口を離した。 「あのっ、そこはっ……」  止める間もなく、コータの指先が通常窄まっているはずの場所に辿り着いてしまった。一瞬ぴたりと動きを止めたコータは、恐る恐るといった様子で指先でその周囲を辿り、形を確かめている。 「……コレも、男のロマン?」  コレ、と言いながら、窄まりを押し広げたプラグの根元を指先でぐっと押し込んだ。 「あぁっ」  思わず大きな声が出てしまい、博也はコータの腹筋に顔を埋めてぶるぶると震える。意識しなければ入れていることさえ忘れてしまえる大きさだが、動かされるとてきめんに駄目だった。  プラグは博也の中で直径三センチ程度の太さに広がっている。押し込まれることで太い部分が内壁を擦って、強い快感を与えたのだ。 「ノーパンでこんなの入れたまま、さっきまで真剣な話してたの? 博也さん、変態が過ぎない?」  身を屈め、周囲に聞こえないように声を落としながら、コータが尚もぐっぐっとプラグを押し込んでくる。博也はその度にあっあっと殺し切れない嬌声をコータの腹に埋めた。  この歳まで経験がなかった場所は、モモが一生懸命解してくれてもなかなか広がらず、初めの内はセックスに時間がかかって仕方がなかった。申し訳なくて落ち込んでいると、モモがプラグを買ってくれたのだ。それからは、セックスの初めにプラグを嵌めてもらい、十分に広がるまでの待ち時間は博也が口で奉仕するのが定番になった。  博也は感じているモモの顔を見ながら口を使うのが好きだったし、欲しくて焦れる時間も嫌いではなかったが、女の子と比べて面倒だと思われているのではないかと気が気ではない部分もあった。  だから、モモと会える可能性がある日は、自分で予めローションとプラグを仕込んでおくことにしたのだ。そうすれば、モモがしたいと思ったらすぐに挿れてもらえる。  初めの内はへっぴり腰になってしまい、真っ直ぐ立つのも大変だったが、今ではすっかり自分の体の一部のようになっていて、嵌めたまま出歩くのにも支障はない。それはもちろん、意識して締め付けたり、外側から押されたりしなければ、の話だが。  だからつまり、常に快感が得たくて嵌めっぱなしにしているわけでは決して無いのだ。  しかし、こんな場所でその玩具の用途について詳しく説明できるはずも無く、博也はただもどかしい快感に尻を振った。  それに、もしかしたら言い訳なんて必要ないのかもしれない。博也の恥ずかしい秘密を知ってもなお、コータの昂りは一切萎えることなく、暗闇の中で濡れたまま天を突いているのだから。  映画館で、他のお客さんもいるのに、自分もコータもこんなに興奮しながら互いに下半身を晒して刺激し合っているのだと思うと、眩暈すら起こしそうなほど興奮した。  博也は中を擦るもどかしい刺激を堪え、再びコータの剛直を口の中に導く。そして今度は他人の耳を気にすることもなく、じゅぽじゅぽと派手な音を立てて頭を思い切り上下させた。  何しろ、スピーカーからも似たような水音が大音量で響いているのだ。全くストーリーも追えないが、今流されているのはかなり色っぽい作品らしい。 「うぐっ、やばっ」  聞こえた切羽詰った声は、恐らくスピーカーから出た音声ではないだろう。博也の口の中でコータの血管がどくどくと脈打った。もうすぐにでも出そうなほど、ガチガチに固い。感じてくれているのが嬉しくて、博也は夢中で頭を上下させた。  だが、奉仕に集中してばかりもいられない。もう極めるだけのはずのコータが、まるで博也に与えられる快感に対抗するかのように、プラグの根元についたリングに指をかけてぐぽぐぽと出し入れを始めたのだ。 「ふうぅんっ、うぅんっ」  博也はくぐもった声を上げながら、何とか動きを止めないようにと、必死で舐めしゃぶり続ける。だが、一番太い部分が何度も環を出入りして、その度にそこが閉じたり広げられたりを繰り返すせいで、気持ちよくて仕方がない。どうしても舌遣いが単調になってしまう。  それでもコータがいくまではと思って何とか頑張っていたのだが、プラグの抜き差しはどんどん激しくなる。あまつさえ、ぽんっと全てを抜き出され、またずぷりと突き込まれる激しい動きを三度も繰り返されると、もう駄目だった。  博也はコータの肉棒との間に唾液の糸を引きながら震える体を起こし、自分から腕を伸ばしてコータの首筋に縋りついた。 「……ねがい、いれてっ」  コータは博也を強く抱き締め、音が出るほどの勢いでプラグを引き抜いた。 「ああぁっ」  そのまま博也を自分の上に乗せようとしたので、博也は慌てて自分の巾着袋を手繰り寄せ、ビニールに覆われたゴムを取り出し、手早く封を切る。  チッと小さな舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。博也の手からゴムが取り上げられ、暗がりの中でコータが自分に付けている気配がする。  その間に博也は必死に、抜き取られたプラグを手探りで探した。あんな物を座席に忘れでもしたら恥ずかしすぎる。  だが探し物はなんと、コータの指についていた。準備を終えて博也を抱き寄せたコータの右手に、根元のリングをまるで指輪のように嵌めた状態でぶらさがっていたのだ。  よれよれになったピンク色のゴムが被さっているプラグは、いかにも今の今まで穴を押し広げていましたと言わんばかりの生々しさで、卑猥すぎて目が離せない。自分の中に入っていたものをスクリーンの光の中にさらされている事実に、強烈な羞恥が込み上げる。  コータはそんな博也の様子に気付いたようで、 「そんなにこれが無いと寂しい?」 と耳元で囁いた。  答えられないでいる博也を見て、コータはクッとひとつ笑う。そして何を思い付いたのか、プラグに被せていたゴムを乱暴に引き千切ると、あろうことか博也の口にそのプラグを突っ込んだのだ。 「んぐっ」  表面に残った強烈なゴムの匂いが鼻をつく。プラグはまだ生温かく、まるで自分で自分の物を咥えているかのような錯覚に陥った。 「それ咥えときなよ。博也さん喘ぎ声すごいし、我慢できないだろ」  なんでそんなことを知っているんだと思っている内に、腰を抱えてコータの上に乗せられる。少し座席からずり下がったコータに背中を向け、その足の間に挟まれる格好だ。コータはズボンと下着を足首まで下げ、膝を大きく左右に開いている。だから博也はコータの腰の上に跨ることはできず、コータの足の間に慎ましく足を閉じて収まった。 「他の客が振り向かないか見てて」  スクリーンの中では女が男に組み敷かれ、乱暴に犯されていた。女の足の間で力強く動く引き締まった男の尻が、あまりにも色っぽい。早くあんな風に突いて欲しくて、博也は思わず自分から背後に手を回し、尻に擦り付けられていた昂りに手を添えた。プラグを口に咥えた顔を見せる恥ずかしさよりも、早く早くという堪えきれない欲求の方が強くて、振り返って促してしまう。 「ほひぃ……」  コータは片頬を男臭く歪めると、博也の浴衣の裾を腰までまくり上げ、帯にたくし込んでしまった。露になった尻が、スクリーンのピンクの光の中に浮かぶ。映画館という公共の場所で下半身を丸出しにして、今にもセックスしようとしているという背徳感は、博也を更に追い込んだ。  掴んだコータの熱い雄を、蕩け切った自分の窄まりに後ろ手で押し付ける。コータも博也の腰を掴み、剛直の上にゆっくりと引き下ろした。  ぷちゅりと音が聞こえた気がしたが、確かめる間もなく、丸みを帯びた先端がぬくっと押し入ってくる。痛みは全く無い。中から溢れたローションで滑って抜け出てしまわないよう、博也は添えた手を離さず自分の中へと積極的に導き入れる。  一方で、博也の視線はスクリーンを見つめる観客たちの後頭部を、忙しなく行き来していた。  あの人たちが振り向いたらどうしよう。今まさに、男のペニスを自分の恥ずかしい穴に入れている姿を見られたらどうしよう。  恐ろしいと思うのに、尻を犯してもらおうとする動きは止まらない。口で散々確かめた長い砲身は、抵抗も無くずるずると半ばまで飲み込まれた。 「うんんんぅぅ」  腹の中から空気が押し上げられたかのように、声が漏れる。だが博也はプラグをしっかりと咥え、口を閉じていたので、その声は悩ましく鼻に抜けた。 「っ……やわらけ……マジか……」  食いしばる様なコータの声が背後からかすかに聞こえる。抜けない深さまでしっかり入ったと思ったところで、博也はようやく添えていた手を離し、前の座席の背もたれを握った。  だが、先ほどまで入れていたプラグの全長はコータの物の三分の二程度しかなかったので、博也の奥はまだびっちりと閉じていた。  ゆっくりと受け入れていきたいが、待ち侘びた熱い肉棒の感触に膝が笑ってしまう。足を閉じているせいで、中は一段と狭い気がした。  コータも博也の自重で沈む腰を止めるどころか、抵抗の強い隘路を敏感な先端が拓き進む感触を楽しむように、腰に添えた両手に力を込めて引き下ろしにかかった。  抵抗もできず、博也の腰はずぶずぶと沈む。前の座席の背もたれを掴んだ指先が白くなるほど力を込め、博也は声を噛み殺した。  ――どうしよう、深い、深い。  今まで知らなかった奥深い場所まで届いているのに、まだ博也の尻たぶはコータの肌に触れていない。剥き出しにされた尻はすぅすぅとして、恐怖すら感じた。  だがコータはそんな博也の脅えには構わず、腰を掴んだ手に力を込めた。そして、ゆっくりとした挿入に焦れたのか、思い切り自分の下腹部に向けて引き下ろしたのだ。 「んうーっ!」  ずんっと腹の奥を突かれ、貧血を起こしたかのように一瞬博也の意識が飛んだ。  奥に当たった、と思った。  これまで自分の中が満たされたと感じたことは幾度もあったが、奥に壁があるのを意識したことはなかった。そこに、ゴムで覆われた先端がぐっと押し付けられている。胃まで押し上げられているような錯覚があった。  尾てい骨に感じるざりざりとした硬い毛の感触に、もう全て入ったのだとわかる。だが、博也はまだ、腹の中の壁を突き破られてしまいそうな恐怖を感じていた。  ところが、コータの両手が博也の腰を軽く持ち上げ、先端が奥の壁から離れると、腹の中が無性に切ない。コータに再び引き戻され、先端が奥の壁に再び食い込むと、博也の尾てい骨から背骨に震えるほどの快感が駆け上がった。  そこは博也自身が初めて知った、強烈な性感帯だったのだ。 「ほら、自分で動いて」  コータに小声で促され、はっと我に返る。スクリーンの中の濡れ場はそろそろ終わりそうな気配だ。シーンが切り替われば、結合部の音や押し殺した喘ぎは他の客に気付かれてしまうだろう。  博也は性急に腰を使い始めた。といっても、コータの足の間にいる状態では、騎乗位のように自在に腰を振ることはできない。上半身を前に軽く倒し、尻を突き出して、上下に出し入れさせたのだ。  座席の軋みを最小限にするために、膝の屈伸も使って尻をできるだけ真っ直ぐに動かす。その動きは、セックスという漠然としたものではなく、明らかに自分とコータの気持ちいい場所を摩擦させるだけの直接的な行為だった。  自分の敏感な粘膜を使って、コータの勃起を必死で扱く。博也の股間で、放置された屹立が動きに合わせてゆらんゆらんと揺れた。  さっき口でしていたイメージで、意識的に締め上げながら腰を上下させる。普段であれば嬌声を上げて惑乱してしまっているような快感を、博也はプラグに歯を立てて必死に堪えた。 「ぅんっ、ぅんっ」  声ともつかない音が、博也の喉の辺りで鳴っている。声を我慢しすぎて酸欠になり、頭はぼうっとするが、中の感覚はかえってはっきりとするようだ。先端の括れに抉られてできた内側のわずかな溝までわかりそうだった。  気持ちいい、気持ちいい、と頭の中がぐるぐるになりながら腰を動かすが、博也は意識的に自分が一番感じる場所を避けていた。本当は奥に当てたくて気が狂いそうだったが、そんなことをすれば声を我慢できるはずがない。  スクリーンの中では、無理に犯されていたはずの女が、いくいくと絶頂を訴えている。相手役の男も、獣のような咆哮を上げた。もうこのシーンが終わるのだ。  ローションが無ければごしごしと音がしたかもしれない勢いで、博也はコータの勃起を肉筒で扱いた。自分自身がコータの右手になったイメージで、必死で擦った。だが、強くすればするだけ、自分も快感が高まって追い込まれてしまう。  ――声出したいよぉっ。おっきい声っ。奥に当てたいっ。いくいくって叫びたいぃっ。  博也は自身の全ての欲望を堪え、プラグを噛んだ唇から甘い苦痛の詰まった涎を零しながら、コータの快感を急き立てた。上下に激しく揺れている博也の先端からも、透明な雫が糸を引いて垂れている。  ――コータくん、早くいって、いって、バレちゃう、早くっ。  離れていたコータの手が再び博也の腰を掴み、指の跡が残りそうなほど食い込んだ。 「くそっ……×××っ……」  コータが何と言ったのかは聞き取れなかった。スクリーンの中の女が、演技とは思えない絶頂の声を上げたのだ。  博也の中でびくびくと震えた砲身から、ぱっと熱が放たれたのがわかった。コータがようやく達したのだ。  博也自身の熱は少しも発散されず、荒れ狂ったままだったが、博也も達したかのように前の座席の背に倒れ伏す。口から落ちたプラグが床に転がった。  ――いってないのに、すごかった。どうしよう。  これが、燃えたというやつだろうか。座席を軋ませないように、声を上げないように全身に力を入れていたせいで、どこもかしこも小刻みに痙攣していた。まだ入ったままのコータも、背後でぜえぜえと荒い息をついている。  ふと、コータの荒い息が自分の耳に届いていることに気付き、はっと顔を上げる。スクリーンに映されているのは夜の浜辺に並んで座る男女で、スピーカーからは遠い波の音しか流れていない。  博也たちの四列前に座っていた客が、振り返ってこちらを見ていた。博也は目に見えてびくりと動揺し、固まった。振り返った客の表情は逆光で見えない。  座席に沈んでいるコータは前からは見えないはずだ。前の座席の背に倒れ伏して肩で息をする博也を見て、急病だと思ってくれただろうかと都合のいい可能性を考える。  だが、明らかに欲情し切った表情で顔を上げてしまった自覚はあった。スクリーンの中の激しい濡れ場を見ながら自慰に耽っていたと思われているかもしれない。それも相当恥ずかしいが、何をしていたかばれるより遥かにマシだ。  その時、緊張のために無意識で腹に力を入れてしまったのか、柔らかくなっていたコータの雄が急にぐっと質量を増した。そこから意識が逸れていた博也は、完全に不意をつかれた。 「あっ」  思わず声が漏れ、慌てて両手でばっと口を覆う。  ――聞かれた。  逆光でよく見えなかったが、中年の男性らしき客が、にやりと笑った気がした。
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