父の祈り、母の願い

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父の祈り、母の願い

 アイリーン王国唯一の王女――それが自分、カティア・アイリーンだった。  幼い頃に母を病で亡くして以来、カティアの教育を一手に引き受けたのは父王その人である。本来ならば教育係に任せておけばいいところ、ただ一人の後継となってしまったカティアを他人に任せてはおけないと、父は厳しい政務をこなしながら必死に子育てに邁進したのだという。  長身の父は、傍に立つだけでも十分威圧感がある。  その父が、やれちょっと食事のマナーが悪いだの、少しドレスの裾が曲がっているだの、ちょっと言葉使いがよくないだの――そういうことを、まるで小姑のごとくガミガミと言ってくるのだ。後になって思えば、王女として当たり前のことを言われているだけであったのは間違いないのだが。まだ年若い娘であったカティアは、とにかくそんな父に反発してばかりであったのである。  時折交流する上級貴族の娘達は、もっと自由気ままに過ごしているように思われる。  お稽古事の数だって、自分が圧倒的に多い。宿題も、現代文から子分、第一外国語、第二外国語、数学に歴史にととにかく多種多様に出されてうんざりするほどだ。そのくせ、父は忙しいので、勉強を教えてくれることはあっても遊んでくれるなんてことは滅多にない。  そんな環境において。十三歳のカティアが、父に不満を持つようになるのは――きっと致し方ないことであったのだろう。 「お父様は、いつも厳しいばかり!私にちっとも優しくしてくれないわ!」  ある日、カティアは家庭教師のオルガに愚痴を漏らした。オルガは今年、六十三歳。王家に長年仕え、かつては父にも同じように勉強を教えていたというベテランのカヴァネスである。  彼女はすっかり白くなった髪を揺らして、まあまあそう怒らずに、と私を宥めた。父と違って、オルガはいつも笑顔で私に接してくれるし、多少はワガママも聴いてくれる。残念ながら出してくる課題の量は、ちっとも優しいものではなかったけれど。 「お父上も……とても厳しく育てられたお方でしたから。ましてや、お母上が亡くなられて、姫様がたった一人の後継になってしまわれたのです。少しでも、女王に相応しい、強く逞しい女性にして差し上げなければと必死なのですよ」 「それがちょっと疑問ではあるのよ、オルガ。他の王国では、王様はお妃様が亡くなってもすぐ次のお妃様を娶ることも少なくないと聴くわ。妾だってたくさんいたりするそうじゃない。確かに、私も新しいお母様なんて仲良くできる自信はないけど……他のお妃様を迎えて、他にも子供を作った方が建設的じゃないかしら。私が死んだら、この王国の血筋は絶えてしまうのよ?何故そうしないの?」  それは、ずっとカティアが不思議に思っていたことの一つだった。母が亡くなったのは、それこそカティアが母の顔をよく覚えていないほど昔のことである。この巨大な王国の王、妾でもいいからそばにいたいという女性は国中にいくらでもいるはずだ。ましてや父は、身内贔屓を抜きにしても精悍で整った顔立ちをしている。その気になれば、女性など選び放題であろうというのに。
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