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「……それは」
すると、オルガは少し躊躇った後――やがて口を開いたのである。
「姫様はご存知なかったかと思うのですが。実は、お父上はもう……子供を望むことが難しいお体なのでございます」
「え……」
「奥様との結婚も、お父上が望んだことではなかったのに……半ば強引に、先王様に決められてしまったことであったそうな。しかもなかなか子供ができないこともあって、先王様とお父上はかなり折り合いが悪かったらしいのです。ただでさえ、先王様とお父上の望む国づくりの形は、大きく異なるものでしたから……。どうにか奥様が亡くなる前に一人だけ生まれた娘が、他ならぬ貴女様であったのですよ」
察してくださいませ、とオルガは言う。確かに、父上がお祖父さま達と仲が悪かったというのは聞き及んでいる。なんせ、父上は即位すると同時に、今までこの国が作ってきた多くの法律を作り直し、あるいは撤廃してきたからだ。
その最たるところが、宗教関連である。“アイラン教”以外の宗教を信じることを禁ず――長年続いていたその法律を、十二代国王である父上の代で撤廃することにしたのだ。それどころか、アイラン教の宗教関連施設に対して行ってきた、多くの優遇処置をも廃止。他の小さな宗教団体に対しても、自由に布教活動ができるよう支援を開始したのである。
宗教団体だけではない。障害者や、人種、多くの権利団体への支援を手厚くした。彼らから感謝される反面、強い権力や規模を持つアイラン教徒達から大きな反発があったのは説明するまでもない。
それでも、王の特権で父が政策を強行した理由は。父のある考えゆえだった。
『アイラン教徒は、一部の人種や特性の人々を特別視し、同時に一部の人々を過剰に蔑視する。彼らは手足が動かない人々や、目が見えない人々を“前世の罰の報い”であると見下げ、同性愛は神への冒涜だと平気で石を投げる。私はそれが、正しい国の形とは到底思えんのだ』
厳しく、反発することの多い父ではあったが。そんな彼の、利益を度外視し人々の権利を尊重する考えだけは――カティアも共感していたりするのだ。
彼は“差別”を何よりも嫌っていた。
若くして王位に着き、伝統を無視して新たな政策を行う彼を、先王はきっと苦い気持ちで思っていたことだろう。理想論を語る、青臭い王。それでも、最終的には階級制度の撤廃まで持っていきたい、命は平等なのだからとまで言わしめた王を――カティアは心より尊敬してもいたのである。
ただ少し、その人徳とやらを自分にも向けてほしいと思っただけで。
「……オルガ」
複雑な気持ちで、カティアはオルガに尋ねた。
「私の……お母様って、どんな人だったの?」
あまりにも小さい頃に亡くなったせいで、全く記憶にもない母。もし母が生きていたら、父と違ってもっと優しく、慈しむような愛をくれたのだろうか。
「お母上は……」
オルガは少し、躊躇うように視線を彷徨わせた後、告げたのである。
「お母上は、とても強く、気高い方でございました。望まぬ結婚でありながらそれを受け入れたのは、全てこの国の未来を思うがゆえのこと……貴女様に出会うためであったこと。きっと今でも、姫様のことを心より愛しておいでだと思いますよ。……お母上がどのような方であったのか知りたいですか、姫様?」
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