逡巡の裏側

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逡巡の裏側

 定期試験が終わった。結果はすぐに返されて、カレンはいつもより少し上の順位へと滑り込んだ。配られたばかりの順位表を眺めながら、斜め後ろの席のアユミを振り返る。 「どうだった?」 「いつもより少し上がったかな」  小さくブイサインを頬の横に作って見せてきた。アユミの「いつも」は学年で一桁の順位を叩き出すということなので、つまりは上から数えても片手の指で足りるほどの位置に着地したらしい。  カレンの口元が少しだけ引き締まる。今度こそは彼女を追い抜いてやると密かに企んでいたカレンは、自分にしか聞こえない唸り声を上げた。 「アユミ、今回も良かったの? ……うわ、マジで頭いいやつじゃん」 「すっご」  アユミの周りに友人たちが集まってくる。成績が返却されるときはなぜか優秀者の下にわらわらと人が集うものだ。そして決まって、やってくる者は大抵自らの情報を開示したがらないのである。登るつもりもない山頂を眺めて「高いね」と口々に呟くのと同じことだ。無論、アユミを見上げる立場であるのはカレンも変わりはないのだが。 「いいなあアユミ。いっつも調子よくて」 「完全無欠だよね」 「……そうでもないさ」 「何の苦労もない人生なんだろうなー」  談笑を進める彼女たちには何の悪気もなく、ただ思ったままの賞賛と羨望を述べただけだ。  しかしそれらを聞いてたカレンは瞬時に青ざめた顔になり、すぐに頬を燃えるように紅潮させた。 「そんなわけないでしょ!!」  全ての雑音を飲み込む大声。  椅子を弾き飛ばして立ち上がるカレン。  アユミや傍の友人たちだけでなく、教室中、廊下から覗く視線という視線がカレンに集まる。  爆発するように顔を膨れ上がらせたカレンの勢いは収まることなく、アユミを囲む友人たちをそれぞれ睨みつける。 「何も……知らないで……」  カレンの中には憤りが満ちていたが、それを言葉と変えて友人たちに訴えることはできなかった。単に適切な表現が思い付かなかっただけか、もしかしたら言葉にするの躊躇ったのか。睨まれた友人たちも、奇妙なものを前にした目つきでカレンを見つめ返していた。 「どうどう。カレン、どうどう」  彼女たちの間に割って入ったのはアユミだった。その場を区切るように片手を差し出し、カレンの目と正面から向き合った。カレンと対照的な、澄ました瞳だ。私はなぜカレンが怒っているのか分かっている、そう訴えるような瞳の色。 「いったん落ち着こう。ちょっとトイレに行かない?」 「あ……うん、わかった。その、大声出してゴメン」  カレンは戸惑い全開の友人たちに向けて小声で謝り、何の音もない教室を去る。そのすぐ後ろにはアユミが寄り添うように続いた。  二人が通る先ではモーセの伝説と同じく人が海のように割れていった。誰も近付けず、声もかけなかった。
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