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「ただいま」
「お帰りアユミ」
「……ねえ母さん」
「ん?」
「カレンにあのこと話した?」
「あー、話したねえ。うん言った言った」
「……何で勝手に話したのさ」
「言っておくけど、アユミが瓶を置きっぱなしにしたのがきっかけだからね。それに、もうとっくに話していたのかと思ったよ」
「それは……うん、私が悪いね」
「アユミの口からは言えたの?」
「……うん。できれば母さんより先に言いたかったけどね」
「はいはい恨めしそうな顔しない。あっちに行くのもそろそろなんだから、今の内たくさん遊んどきなさい」
「うん。そうする」
試験勉強でアユミの家を訪れたカレンが、得体の知れぬボトルについてアユミの母に尋ねたときまでさかのぼる。
「あ、ねえおばさん、これ何だかわかる?」
茶菓子を持ってブロードウェイに立っているかのような軽い足取りで入ってきたアユミの母だったが、カレンが手にしたボトルを目にした途端にピタリと歩を止めてしまった。フローリングが小さく音を立てる。柔らかかった表情も風に吹かれたように消え去っていた。
「あちゃあ、出しっぱなしにしちゃだめでしょあの子……誰に似たんだか」
「よくわかんないけど、おばさんだと思う」
「あらま」
「もしかして見ちゃいけないものだった? サプリメントか何かだと思ったんだけど。エル、ド? なんて読むんだろ」
「……カレンちゃん、もしかしてアユミから何も聞いてないの?」
恐る恐る、といった様子でアユミの母が尋ねる。
「……」
「あ、何か聞いてた?」
「……多分違うかなあ。それについては何も聞いてない」
脚フェチのことかと身構えたカレンだったが、それとボトルの錠剤とは何の関係もないと思い直した。
「うーん、まあ、そうだねえ。カレンちゃん、どうしても聞きたい?」
おばさんにしては歯切れの悪い言い方に、ある種の君の悪さを覚える。
「聞きたい」
それでも一歩踏み込むことにした。アユミについて知らないことがあるなら今は何でも知りたい気分だった。そもそも、性癖の暴露に勝ることなどないのだ。恐れる必要はない。
「わかったよ。そこにお座り」
「うん」
指示に従ったカレンは勉強道具が広がるミニテーブルの前に座り、対面にアユミの母が腰を下ろす。これから将棋のタイトル戦が始まるような雰囲気があった。ごくりと生唾を飲み込むカレン。
アユミの母の、曇った黒曜石のような瞳にじいと見据えられる。カレンはそこから疲労感のようなものを感じ取った。そしておばさんの背筋はピンと張られていた。その印象を隠すように。
少し、鼓動が速くなった。
「――あの子、身体が動かせなくなるの」
「えっ」
もぞもぞとせわしなかったカレンの身体がピタリと止まる。
「今は全然そんなことはないんだけどね。ちょっと前に一度、足が全然動かせなくなって……若い人がかかるのは珍しい病気だって、お医者様は言ってたの」
「……な、治るの?」
絞り出すようにでた声に、アユミの母親は重そうに眼を閉じた。
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