本当の告白

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「――あ、新幹線。今って何時かな」 「ちょっと待って……うん。まだ大丈夫そう」  じゃあもう少しここで休んでいいかな。そう言ったアユミは大きく息を吐いたが、間髪入れずに何かを思いついたらしく、緊張が少し解けたカレンに向き直った。 「カレン、脚を触らせてほしいな」 「……ごめん。何も聞こえない」 「嘘だね。ね、しばらく会えなさそうだからさ。頼むよ」  ――運が悪かったのか、それともこうなることも予想してあえてなのか。今日のカレンはショートパンツ、つまり生足を惜しげもなく出した服装なのだ。無意識のうちに「今日くらいは」と受け入れ態勢を整えていたのかもしれない。 「……いいよ」  ここは人の波が遠慮なしに行き来する駅の構内だが、そのことについてはもう考えないようにした。相手から見られている事実さえ知らなければ、見られていないことと同じなのだ。カレンは自己暗示をかけて意志を固めた。  アユミは自らの膝に恐る恐る置かれたカレンの片脚を、寝転がる子犬を愛でるように柔らかい仕草でさすった。その手つきにはただ愛でたいという心だけでなく、何が何でも感触を刻み付けてやろうという執念すら感じ取れた。 「ああ……カレンの脚、柔らかいね。良い撫で心地だよ。心が満たされる」 「ん……自分の足で我慢するってことはできないの?」 「うーん。カレン、前に私の耳たぶを触って『気持ちいい』って言ってたの覚えてる?」 「い、言った」 「でも自分の耳たぶを触っても同じ気持ちにはならないよね?」 「ならない」 「だろう? それと同じさ」  理解できるような、何かが違うような。  しかしそれよりも気になって仕方ないのは、時折アユミが悪戯をするようにカレンのふくらはぎをつまんだり、人差し指だけで足の先から太ももまでをなぞったりするのだ。そのためカレンは女性にしか出せない声を抑えるのに必死になっていた。 「……早く満足してっ」 「あはは。ごめん、もう少し。大体さ、カレンの脚が健康的なのが悪いんだよ」  これまでの人生で聞いたことがないレベルの責任転嫁である。 「……まあ、カレンの脚に夢中なのも半分は趣味。もう半分は憧れかな」 「憧れ?」 「だって、私はいつ自分の脚が動かなくなるかわからないから」  人魚姫の話を思い出した。自由に地上を歩く脚にあこがれた彼女は、声を失ってでも人間の脚を手に入れた……そのような話だった気がする。  アユミはカレンの脚に這わせていた指を止めた。 「最初はさ、どっちを言おうか迷っていたんだ。私の身体が動かなくなることか、カレンの脚にフェチを感じることか」 「……うん」 「なるべくカレンが受け入れやすい……と言うか、離れていかないようなのはどちらかってすごく悩んだ。それで結局脚フェチの方を先にした」  カレンにはその判断が合っていたのかわからなかった。どちらにしろ驚いたのは変わらないだろうが、それを受け止めて何かをしやすかったのは脚フェチの方かもしれない。結果を見てみれば、アユミの決断は適切だったのだ。  カレンはアユミの膝から脚を降ろそうとした。が、アユミが足首を抑えてしまったので断念せざるを得なかった。 「最終的には全部受け止めてもらえたけどね。だから、カレンには感謝してる。出会った時から、ずっと」 「……そういうセリフが言えるの、多分世界中でアユミだけだと思う」 「私がそう言える相手はカレンだけだけどね」  ぶわわ、と自分の顔が赤くなるのを感じたカレン。このようなことを言わせたら彼女の右に出る者はいない。小さいころから、ずっとそうだった。  アユミが拳を作ったり開いたり、脚をブラブラと動かした。どうやら、先程の薬の効果が少しずつ出てきたらしい。  少し遠くにぶら下がっている電子掲示板を見てみると、新幹線の乗車時刻が迫っていた。そろそろホームに向かわないといけない。 「アユミ、そろそろ――」 「ごめんカレン。最後に一つ、頼みがあるんだ」  言葉を遮ったアユミは先までの弱々しい顔つきから一転して、思いつめた感情を抱いたような雰囲気を見せた。アユミの母親が我が子の病を告白したときと同じものだとカレンは気付いた。  周りから騒音が拭い去られる。  アユミが短く息を吸い込む音だけが聞こえた。 「カレン、一緒に、死んでほしい」
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