告白

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告白

「私、実は脚フェチなんだ。脚が、大好きなのさ」  ある日のコーヒーショップ、その一角の席にて。  まるで渓流のせせらぎのように親友の口から出たその一言で、カレンの口からわずかにレモンティーが漏れ出た。スカートに落ちたシミを拭いている間、何度も対面の席のアユミを伺ったが、澄ました表情は微動だにせずカレンへ向けられていた。 「……念のため、もっかい言ってくれる?」 「私は脚フェチなのさ」 「あーあ、聞き違いじゃなかったんだね。どーしよ」  完全に油断をしていた。小学生の頃からの付き合いが続き、同じ高校にまで進学した仲であった。お風呂も小学生の途中まではよく一緒に入っていたし、毎朝待ち合わせて登校し続けてもう十一年目だ。家族以外では最も同じ時間を共有しているのが彼女、今川アユミである。  カレンはアユミについて大抵のことは知っている『つもり』だった。今まさにその『つもり』だったにすぎなかったことを痛感している。 「ねえアユミ、脚フェチって……その、脚に興奮するってことだよね」 「うん。退いたかな?」 「いや……実感が湧いてこないというか。それで、何でこのタイミングでバラしてきたし」  聞きたいことは山ほどあったものの、口から出たものを順にテーブルの上に並べるしかなかった。  アユミは困ったように短く唸る。 「言いやすかったから、かな」 「ちょっと何言ってるのかわかんない……」 「言っておいてなんだけど、カレンはいつも通りでいてほしいな。――いつも通り、私の友達でいてくれれば」 「じゃあ言う必要あったの?」 「うん。今までは何とか我慢できたけど、最近は特に衝動が大きくなってきてね」 「脚フェチの?」 「脚フェチの」  一体何なのだろう、この会話。そう思わずにはいられない。自分の性癖を赤裸々にすることは、こんな買い物の途中のランチタイムじゃなく、もっと緊張感のある雰囲気で行われるものではないのか。普段よりノストラダムスの予言レベルの突飛な発言をする彼女だが、今回は度合いが段違いであった。 「限界に達したら、性癖が爆発するかもしれないからね」 「そうなる前に協力してほしいってこと? まあ、周りにバレない方がいいと思うけどさ」 「ん、それはあまり心配ないかな。特に興奮を覚えるのはカレンの脚だけだからね」 「は?」 「だからカレンにだけ打ち明けたのさ。ということで、これからもよろしくね」  だから何をどうすればよろしくなるのか。  この後にアユミが熱弁した、女性と男性の脚ではそれぞれ魅力が違うこと、様々な雑誌を漁ったがカレンの脚が一番だということ。その他にも主に脚について多くのことを聞いた気がするが、その内容をほとんど覚えていないので、カレンにとってきっと誇らしくも嬉しくもなかったのだろう。  今川アユミは、それこそ竹を割ったような人間だ。自分の考えははっきりと主張するタイプであり、しかしそれでいて押し付けるような息苦しさはない。マイペースで掴みどころがないときもあるが、周りを振り回すような破天荒さはない。涼やかで、自然体である。さらに顔がいい。ボーイッシュ方面に大きく傾いた美形だ。適当なプロフィールを書いてどこかの芸能事務所に送れば、時を待たずして熱烈なラブコールが返ってくること間違いなしだ。長年隣にいるカレンだからこそ知っているが、男子からだけでなく女子からも言い寄られることも少なくない。  カレンは彼女には非の打ちどころがほとんどないと思っていた。しかし今日でその印象は天地がひっくり返ったような大回転を果たしてしまった。  明日からどのような日々が始まるのか。もしかしたら、思っているほど大した変化がないのかもしれない。いや、そうであってほしい。  その後は空気が抜けた風船のように過ごしたカレンだった。衝撃の告白をしたアユミを拒絶することも気を遣うこともなかった。ただ、今川アユミという人間が不透明のレインコートを被ったと思えて、恐る恐るといった振る舞いしかできなかった。今川アユミが深海魚のように見えたのは、人生でこの時が初である。
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