美肌の魔法

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美肌の魔法

 私は肌子。ごくごく普通の会社員。  実は今、深刻な肌トラブルに悩まされている。いわゆる大人ニキビというやつだ。どうやら日頃の不摂生がたたったらしい。  なるべくニキビが目立たないよう化粧でごまかしてるけど、最近はニキビを気にするあまり、人前じゃ顔を上げられなくなってしまった。  本当はもっと、堂々としていたいのに……。 「はぁ……どうしたらいいの?」  ある朝、私は顔を洗いに洗面台の前に立った。洗面台の前には鏡、鏡にはニキビだらけの私が……。  もう! ニキビさえなければ、こんなに悩むこともなかったのに!  私は憎きニキビへ怒りをぶつけるように、両手で熱々のお湯を溜め、思い切り顔に浴びせた。 「はぁ、はぁ……これで良し」  私は洗顔を終え、顔を上げた。  そこには私ではなく、黒いマントを羽織った男性が写っていた。 「わぁ、すっごいイケメン……じゃなくて! 誰ですか、あなたは?!」  私は思わず鏡から飛び退いた。  男性は驚いている私に構わず、にこやかに話しかけてきた。 「突然すみません。僕はどんな願いも叶えられる魔法使いです。あなたの願いを一つだけ、叶えに来ました。何か叶えたい願いはありますか?」 「え……じゃ、じゃあ……」  私はニキビでボコボコになっている顔に触れた。  どんな願いも叶うなら、この肌をなんとかしてもらいたい! 「私を、つやつや美肌美人にして下さい!」 「それは無理」 「なんで?!」  魔法使いさんは私のお願いを即行、却下した。 「さっきと言ってることが違うじゃない! どんな願いも叶えられるんじゃないの?!」 「ごめーん。肌の悩みだけは、魔法ではどうすることも出来ないんだ」 「そんな……!」  せっかく肌がきれいになると思ってたのに……。  私はショックのあまり、膝から崩れ落ちた。  すると魔法使いさんは「大丈夫だよ」と励ましてくれた。 「肌の悩みはちょっとした習慣を変えるだけで、劇的に改善されるんだ。例えば、さっき君がやっていた洗顔方法」 「え、見てたの?」 「うん」  魔法使いさんは頷いた。  は、恥ずかしい……。 「洗顔する時は、ぬるま湯がおすすめだよ。熱いお湯だと皮脂を取り過ぎて、お肌に必要な成分も失われてしまうんだ。冷た過ぎても、逆効果。余分な皮脂汚れを取り切れなくて、ニキビの原因になってしまうからね。あと、顔を叩きつけるような洗い方はしちゃダメ。もっと優しく洗わないと」 「く、詳しい……! 先生! 他に改善することはありますか?!」 「洗顔した後は乳液や化粧水で保湿するのが大事だよ。それから……」  私は魔法使いさんのアドバイスを事細かにメモ帳へ記録した。  正直、改善することだらけで気が滅入りそうだけど、美肌を手に入れるためなら努力は惜しまない! 「ありがとう、魔法使いさん! これなら夢の美肌美人になれそう!」 「お役に立てて嬉しいよ。僕も君の願いが叶うことを、祈ってるよ」  気がつくと、鏡から魔法使いさんの姿は消え、見慣れたニキビ面が写っていた。  毎朝見るのが嫌で、目を背けていた自分の顔……でも、もう目を背けたりなんかしない!  今日からは、前を向いて生きていくんだから!  その日から私は洗顔方法を変えた。  魔法使いさんのアドバイスを参考にしながら、自分でも色々試してみて、自分に合う洗顔方法を模索していった。食生活や睡眠にも気を使った。  正直、今までの私は本気でニキビと向き合おうとしていなかった。  魔法使いさんは「お肌の悩みは魔法じゃ、どうすることも出来ない」と言っていたけど、本当は私に本気でニキビと向き合って欲しくて、嘘をついていたんだと思う。  だってそのおかげで、私は劇的に変わることが出来たんだから……。 「先輩、最近キレイになりましたよね?」 「えっ?」  打ち合わせ前、後輩がいきなりそんなことを言ってきた。男の子だし、仕事以外あまり話したことがない後輩だったから、急に褒められてびっくりした。  あれから私のニキビはみるみるうちに減っていった。  夢の美肌美人にはまだまだ程遠いけど、今では人前で顔を上げて、堂々と話せるようになった。 「そ、そう? ありが……」  私は書類から顔を上げ、後輩にお礼を言おうとした。  そこにいたのは、あの魔法使いさんだった。 「ま、魔法使いさん?!」 「魔法使い? 先輩、何言ってるんですか?」  後輩はキョトンとしている。  どうやら顔がそっくりな、別人らしい。服も黒いマントではなく、スーツだ。  私は「何でもないわ」と笑った。 「私の恩人にそっくりだったから、勘違いしちゃった。褒めてくれて、ありがとう」 「いえ、気にしないでください。きっとその人も、先輩がキレイになって喜んでいると思いますよ。あ、でも油断して手入れを怠ると、また元に戻っちゃうので注意して下さいね」 「……君、本当は魔法使いさんなんじゃないの?」 「やだなぁ、そんなわけないじゃないですかー。肌の手入れは趣味ですよ、趣味。はっはっは……」  後輩は声を上げて笑った。こんなに顔がそっくりで、お肌の手入れに詳しい人なんて、他にいるのかしら?  私は後輩へ疑いの目を向けつつも、心の中で魔法使いさんに感謝した。  ありがとう、魔法使いさん。  私、これからも頑張るよ……! (美肌美人への道はつづく)
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