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三 巡り合わせ
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別れ話を切り出されて、私は狼狽えるどころか淡々と冷めていた。
私にとっても彼は劣化したワインだったのだ。まるで濁った茶色の白ワインだ。一目で捨て時だとわかる、未練も魅力も感じない存在。
元カレと穏便に別れて、私は一人のバーテンダーとして再出発することになった。
予算を抑えたメニューの考案や、売り上げにつながるカクテルの演出。明確な金額でもって店に貢献できるバーテンは、私が思っているより貴重だったらしい。
無口キャラを装ってそつなくこなせば、接客の苦痛も薄れて、私はカクテルが織りなすカラフルな世界に没頭できた。
そこで知り合ったのが、嶺倉 雅紀。
雅紀は叔父の影響でバーに興味を持ち、私が働いている店に来たのが出会いのきっかけだった。
ただの大勢の客の一人だったのに、雅紀が特別な存在となったのは、彼の裏表のない性格ゆえだろう。
からかいも皮肉も通寄せず、かといって鈍感でもない。己の個性をちゃんと把握している賢い人種。
ありのままを受け入れて、その上で自分の意志を突き進む。
彼と一緒にいると、私はなんだか許された存在になれたような気がした。どこにでも行けるような強い人間に。
樽に入ったワインのように包み込まれて、運命共同体のごとくずっと一緒にいられると。
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七夕の日に、お客様が望むものはなんだろう。
自宅のテーブルで私は色鉛筆をテーブルに出し、クロッキー帳にアイディアを書き出していく。
脳裏に浮かんだ単語は【願い】【なつかしさ】【ロマンス】の三種。
【ロマンス】は、恋人向けが良い。織姫と彦星を連想させる、甘くてロマンチックなカクテルを。
【なつかしさ】は、幼いころを思い出させる、七夕の笹をモデルにするのはいかがだろう。哀愁を誘う澄んだ香りのカクテルを。
【願い】は、星降る夜。神秘的で圧倒的な星の海に、人は柵を忘れて純粋な願いが内に残る。日常を忘れられる夢のようなカクテルを。
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