其の一 つき子さんと初仕事

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 小声でつき子さんへと返事を返した沙夜は支度を整えると、店主に挨拶をしてバス停のある四条河原町まで歩いていく。初夏の陽気の京都市内は、スーツ姿の沙夜には少し蒸し暑く、歩いているだけですぐに額から汗が流れ出てくる。タオル生地のハンカチで流れてくる汗を(ぬぐ)いながら鴨川の方へと出る。 「この辺りも大きく変わったように感じますね」  つき子さんが後ろからついてきながら言う。沙夜はつき子さんの言葉を受けて鴨川へと目をやる。川辺にはカップルたちが等間隔に並んで座り(りょう)を楽しんでいた。 「四条河原と言えば、その昔罪人の(さら)し首が行われていた場所だったとか」  つき子さんの言葉に内心で、そうなのか、と相槌を打ちながら、沙夜は鴨川沿いを歩いていく。地下鉄の祇園四条駅が見えたところで、地図をたよりに左へと曲がり鴨川を渡っていく。そこから見える河原の様子は、昔そこで晒し首が行われていたことなど微塵も感じさせない穏やかな景色だった。  観光客と地元の人の波に乗って無事にバス停に到着した沙夜は、そこでバスを待つ列に並ぶ。しばらくしてすぐにバスが来た。沙夜は手元の地図にあるバスの系統を確認した。 (このバスだ)  沙夜は前の人に続いてバスへと乗車し、約25分揺られて京都御所近くのバス停である烏丸下立売(からすましもだちうり)バス停を目指すのだった。
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