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 この浮ついたざわめきは、どうにも居心地が悪い。  銀鼠のお召し袴に藍の絽の羽織という、慣れない夏の盛装に身を包み、古箭草准(ふるや そうじゅん)は内心うんざりしながら、次々に声をかけてくるパーティーの相客たちと言葉を交わしていた。  日本画を生業とする彼が長年師事する師匠である葦河劫詠の、秘書から電話がかかってきたのは、昨夜のことだ。  付き合いのある画家の画集出版パーティーに、劫詠の代わりに出席してくれないかという依頼だった。  突然体調が悪くなったという事情を聞けば、71歳という年齢からして、面倒さよりも心配の方が先に立つ。  義理を大切にする師匠のことだから、代わりがいないとなれば無理をしてでも出席しかねない。自分ではそのつもりはなくとも周囲からは一番弟子と目されている草准が、ここは出席する他なく、渋々ながらその頼みを受け、パーティー会場に向かったのだった。  ふだん山の中でひとり静かに暮らす草准にとって、こうした場所は苦痛でしかない。主賓に声をかけて義理を果たした後は、できることなら壁の花を決め込んでしまいたかった。  しかし、めったに公の場に顔を出さない日本画壇のホープを、周囲が放っておくはずもない。つてを頼って紹介を求めてくる相手が、ひきも切らず彼の前に現れる。  師匠の代理としてこの場にいる限りは、そうそう無愛想にしてもいられず、どうにか笑みを作って彼らに接していると、次第に顔の筋肉が強張り、引きつってくるような心地がする。  知り合いの雑誌編集者が声をかけてきたのは、そんな疲れもそろそろピークになろうかという頃だった。 「やあ、今日は師匠の代理なんだって? 君もいろいろと大変だな」  大変だと思うのならそっとしておいてくれればいいのにと、内心恨めしい気持になりながら、草准は気安く肩を叩いてきた男に笑顔を向け、「お久しぶりです」と頭を下げた。  手島という名の、40代半ばぐらいのその男は、ニューヨークに本社を置く出版社の日本支局長で、主に東洋美術をテーマにした欧米人向けの雑誌の編集にかかわっている。  アメリカ育ちとかで英語が堪能。師匠の遠い親戚にあたり、海外で展覧会を開く時など世話になる相手とあれば、そう無下にするわけにも行かない。 「今日は期待の新人を紹介したくてね。おーい、レオ」  少し離れた場所にいた黒髪の男が、呼びかけに応えて振り向いた。
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