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 翌朝、遅くに目覚めてレオの作った朝食をとり、ようやく人心地がついた頃、特集号のゲラを手渡された。2ヶ月前と同じ、ずっしりと重い鮮やかなカラー原稿の束を緊張気味の表情をした記者から受け取りながら、もう、そんな時期なのだと気づく。  美しい月の光の中に浮かび上がる自身の姿を、まるで自分のものではないような気持で見つめたこと、何気なく口にした感想に、あの屈託のない記者が涙ぐんでしまったことをふと懐かしく思い出す。その記者は今、完全に恋する男の瞳でひたすら自分を見つめている。  あれから2ヶ月、たったの2ヶ月。なのに自分たちは、ずいぶんと違った場所に来てしまった。  それにしても……本来なら校了前の多忙な時期であるはずなのに、レオは毎日この家に来ていた。いったい彼はいつ仕事をしていたのだろう。確かにこのところ、夜遅くまで和室でパソコンに向かっていたようだが……。  ともあれ、これがレオにとってこの取材の集大成になるはずの原稿だった。少しばかり感慨を覚えながら、紙面に目を落とす。  前号以上に深い理解に満ちた文章と美しい写真があふれる記事に思わず引き込まれ、次々にページをめくる。しかしやがて違和を覚え始めた。  画家自身のポートレイトが、ほとんど誌面に見られないのだ。  人目に立ちたくない草准としては一向にかまわぬことではあったが、次の号にはもっとあんたの写真を載せたいとレオは張り切っていたはずだった。草准もまた、その熱意に負けて、記者の思いのままに自身の姿を撮らせることを許した。  あのたくさんの写真はどこにいってしまったのだろう。これはレオにとって片手落ちではないのか。 「ずいぶんと気をつかってくれたようだな。本社からはもっと画家のポートレイトを載せろと言われていたんじゃないのか? いや、僕としては助かるが……」  さりげなくたずねると、レオはこともなげに笑って答えた。 「何だかもったいなくなっちまった」  あまりに屈託のないその声の響きに、草准は思わず顔を上げる。 「あんたの姿を誰にも見せたくないと思っちまったんだ。俺だけのものにしておきたいってね」  草准を見つめてそう言い切るその瞳には、微塵の後悔も感じられない。もちろん、自分の写真などなくとも、記事のクオリティは充分すぎるほどの出来ではあったが……。  わずかな不安が、胸にきざした。
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