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そうして困ったことに、ことあるごとに触れられ、抱きしめられる。
昨日、山の中でスケッチをしている最中に不意に求められたのには、本当に困り果てた。しかし寒さを感じさせまいと大きな身体で包み込むように抱きしめる仕草に絆され、結局身を任せてしまった。
山奥のことで通りがかる者もいなかったのは幸いだった。常ならぬ場所のためか、いつも以上に乱れてしまったのはまったく不覚なことであったが……。
さすがの草准も、あんなところで男に抱かれたのは初めてだった。
元々ひとたび恋をすれば情熱的な男だとは思っていたが、今は画家の心を得られないもどかしさや不安が彼をあのようにさせているのだろう。求めるさまは切実で、どうにも切なく、草准もつい受け入れてしまうのだ。それが良いことでないとわかっていながらも……。
とはいえそんなことまで甥に話すわけには行かない。草准は気持を切り替え、笑みを作って続けた。
「今日はたまたま上司に呼ばれていると言って出かけていったが……。ワーカホリックだった頃とのギャップがひどくて、このまま社会復帰できなくなるんじゃないかと心配になるよ」
冗談のつもりで言ったのだが、そうか……と峻介は少し浮かない顔になり、口を開いた。
「この間レオがうちに来た時、日本での任期が切れた後はどうするつもりなのか彼に聞いたんだ。留まるにしろいったん離れるにしろ、本気であんたを見守り続ける覚悟があるのか問うつもりだったんだが……」
「それで、レオは何と答えたんだ?」
あんたも来るんだ、一緒にアメリカで暮らそうと言ったレオの強い瞳を思い出し、思わずどきりとしながら草准は尋ねる。
「絶対にあんたから離れるつもりはないと……。あまりにもきっぱり言うものだから、逆に心配になったよ。この男はあんたのために、すべてを投げ捨てるつもりなんじゃないかとね」
草准をアメリカに連れてゆくという決意を、レオは彼らに話せなかったのだろう。しかし、それでも……。薄靄のような不安が胸に広がる。
峻介は淡々と続けた。
「もちろん、すべてをなげうってでも想いを貫かねばならない時はある。僕も覚えがないわけじゃないしね。しかし……」
確かに……草准は思い出す。この男は実際、恋のためにすべてを……家族も仕事も文字通りすべてをなげうったことがあった。だからこそ今の峻介と漣がある。
その峻介にしても、今のレオは危うく見えているのだろうか。
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