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「父が日本人なんだ。日本にも長い間住んでいたことがある」
どうりで日本語にまったくにごりがないわけだ。そして、力強さと繊細さがちょうど良い具合にミックスされた端正な顔立ちは、見る者の目をひきつける。
ゆるいウェーブのかかった豊かな黒髪が、彫像のように滑らかな額の半分を覆い隠していて、思わず手を伸ばしてかき上げたい衝動にかられた。こういう状況で出会ったのでなければ、もっと深く知り合いたいと願っていた相手かも知れない。
深い漆黒の瞳でじっと見つめ返され、草准は落ち着かない気持になって、目を伏せた。
「ちなみに、母親はイタリア系のアメリカ人。わかりやすい名前だろ?」
沈黙をさして気にする風もなく、彼は言葉を繋げる。
「父が画学生だったから、こんな名前をつけられた。もっとも、ダ・ヴィンチじゃなくてフジタのほうらしいんだがな」
彼は少し早口に、よどみなくそう話した。おそらく名刺を出すたびに、同じ話を繰り返しているのだろう。面倒だから、相手に聞かれる前にぜんぶ答えてしまいたい…そんな感じがする。
「長ったらしい名前だから、呼ぶときは『レオ』でいいよ。じゃ、またな」
そういって彼はにっこり笑い、片手を上げて歩み去った。
男前だが食えない奴だ……その後姿を見ながら草准は思う。
呆れたことに、会話の相手である草准が一言も言葉を発していないことを、気にとめる様子すらなかった。仮にも美術雑誌の編集者という職業でありながら、今の男が人間としてはおろか、画家としての古箭草准にすら、一片の興味も抱いていないことはよくわかった。
上司に言われてとりあえずは顔つなぎに挨拶しておいたってところか。
これだからパーティーは嫌いなのだ。意味のない会話で顔だけを売り込んで満足する連中と話したって、時間の無駄にしかならない。
どちらにしろ、おそらくもう会うことはない相手だろう。
雑誌社の記者など、草准が一番付き合いたくない種類の人間だ。彼は忘れたふりをしてテーブルの上に名刺を置いたまま、その場を立ち去った。
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