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「僕も若かったのか、その方が古箭家に相応しいと単純に考えたんだよ。何しろ古箭家のお金で、しかも政治家の家で美術を学ばせてもらうわけだから、それなりに重みのあることをやらなければと思った。あさはかな考えではあったが」
今でこそ、日本画がこの画家の天職だったとレオは確信を持って言えるが、まさかそんな理由でこの道を選んでいたとは……。
確かに拙い考えではあるが、その頃の草准は自分なりに、自分を育ててくれた古箭家に忠誠を尽くそうとしていたのだろう。父も母も亡く、誰一人自分を導いてくれる者もいない中で……。
どうにも切なくなった。時を戻して、10代だった頃の草准を抱きしめてやりたい気持にかられてしまう。
可愛がられて育ったとはいえ、古箭の家も彼にとって、完全に安らげる場所ではなかったのかもしれない。
「大学を卒業するまでは、ずっと実家にいたのか?」
そう尋ねてみると、思った通り草准は首を横に振った。
「いや、さすがに20歳にもなるとあの家に甘え続けるのにも気がひけてきてね。奨学金が取れたのをきっかけに、家を出た。ちょうど、劫詠師匠が内弟子にならないかと言ってくれて、まあ、次は結局、師匠の家のご厄介になることになったわけだが……」
そこでふと草准は我に返ったような表情になって、言葉を切った。
「すまない。少し自分のことばかり話しすぎてしまったな……」
いや、ここから先の話をこそ聞きたいのだが……レオは慌てる。しかし草准は、これ以上話す気はないようだった。
「それにしてもレオ、さっき君の話を聞いていて気づいたんだが……」
残ったワインを2つのグラスに注ぎながら、話を変えてしまう。それが画家の意志なのだと感じ取り、レオも気持を切り替えることにした。
この頑なな画家にしては、思いがけないほど多くの話を今夜は聞かせてもらった。これでじゅうぶんだ。欲張ってはいけない。
そんなレオの心中を知ってか知らずか、草准は屈託のない調子で言葉を繋げる。
「君は新人というわけではなかったんだな。学生の頃から働いていたとなると、もうキャリア5年にもなるベテランじゃないか」
「いや、まだまだベテランとはいえないが……」
レオは赤くなって答えた。出会ったばかりの頃の画家の、氷のようなまなざしを思い出し、にわかに冷や汗がでるような心地になる。
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