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 その日とさらに翌日、草准は合同展の準備のために、都心の美術館と自宅を行き来して忙しい時間を過ごした。  10人ばかりいる葦河劫詠の弟子の中で一番弟子と見なされている草准は、自然、指揮を執る形にならざるをえない。向いているとはいえないが毎年のことで、どうにか機械的に、淡々とやるべきことをなしてゆく。  いつもながら自身を取り巻く空気も、そう心温まるものではないこともわかっていた。  同門の若い弟子たちとは距離を置いているし、同期や歳の近い者たちからは距離を置かれている。互いにそつなく接してはいても、いまだ「どの面を下げて……」と言いたげな空気を時々感じ取らずにはいられない。  しかしそれはもう、粛々と受け止めるしかないのだと思っている。  とはいえそんな中でも、実力派揃いと言われる葦河門下の画家たちの作品が次々に壁にかけられてゆくさまは壮観で、そうした光景を眺めているのは、何にも増して嬉しいことだった。やはり自分は、画家なのだと思う。  開催前日の夕方には、師匠の葦河劫詠が姿を見せてくれた。そうして、『銀の海』と名付けられた草准の新作の前で、ずいぶんと長い間たたずんでいた。  その傍らに控えながら、草准は何とはなしに不思議な心持になって師を見つめる。  濃灰の大島に、お対の羽織をりゅうと着こなした堂々たる立ち姿。70を越えてから持つようになった杖ですら威厳の象徴のように見え、その姿は押しも押されぬ日本画壇の重鎮そのものだ。  かつて女子学生たちに騒がれた甘いマスクは年月の分だけ皺を刻み、すっきりと整えられた髪にも白いものが多く混ざるようになったが、以前よりもむしろ、その容姿の持つ精悍さは増した。不思議なことにこの人は、歳を重ねれば重ねるほど姿が良くなるように思える。  不意にその視線を向けられ、草准はあわてて居住まいを正した。 「面白い絵だ」  劫詠は言った。わずかに細められた目には、楽しげな笑みが浮かんでいる。
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