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 草准は自身の絵の、少し離れた隣に目をやった。  会場の最後、まさに大取りといった風情で展示された葦河劫詠作の2枚の絵は、どちらも最近の作品ではない。かなり以前に描かれた、代表作とも呼ばれる作品だ。それらの絵をまた見ることができたのは嬉しかったが、その一方で寂しいとも感じる。  師匠はもう、何年も絵を描いていない。  早くから自身の生き甲斐を、描くことよりも後進の育成に見定めた人だ。弟子たちの指導や画壇での仕事に追われ、創作に充てる時間が年々少なくなるのは仕方のない流れともいえた。  しかし長く描かずにいるのは、やはり体力の衰えもあるのかもしれない。  71歳といえば今どき、老人とも言えないような歳だが、草准の父が死んだのも、その年齢だった。父の場合は政治の中枢にいる者としての激務が命を縮めたともいえるが、日本画壇の中心人物である劫詠もまた、同じように多忙な日々を重ねている。  父の時は、それが自然の理として受け入れることができた。しかしいつか、師がいなくなる日が来たら……。  それもまた自然の理で、いつか必ず来る日であるはずなのに、時おり、とてつもなく恐ろしくなる。  おかしなことだ、と思う。画家としての草准には、劫詠は光のような存在だが、人間としての彼にとっては、ただただそうばかりともいえない。  時に自身の闇を映し出す存在でもあり、身勝手なことだが、いまだ、この人から離れたいと願わずにいられない時もある。  なのに、もし、師がいなくなったらと思うと、自分の人生もそこで終わってしまうような恐ろしさにかられるのだ。 「草准先生」  慌ただしく人々が立ち働く中から、誰かが彼を呼んだ。気がつけば長いこと立ち尽くしていたらしい。  小さく震える手を見つめて気持を立て直し、草准は羽織をひるがえした。
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