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 どうにか合同展の準備を無事すませた後は、再び山奥の自宅に引きこもってスケッチ三昧で過ごす、穏やかな日々が戻ってきた。  いつものことで、展覧会が始まってからは同門の他の者にすべてを任せ、一度も会場に足を運ぶことはなかった。人前に姿を現したくないという意志を通させてもらっている。陰であれこれ言う者はいるのだろうが、人前に出れば出たで快く思わない者がいるのだろうから、好きにさせてもらうことにしている。  幸い、合同展はいつものごとく盛況で、草准の『銀の海』も早々に買い手が決まったらしい。有難いことなのだが、今度ばかりはどうしたわけか、少しばかり寂しさを覚えずにはいられなかった。  レオはこのところ、ほとんど毎日草准宅に来るようになっていた。  東京でも山深いこの一帯は、庭に蔵を持つような旧家が多い。西洋人の喜びそうな骨董や古美術品の取材にも事欠かないわけで、そうした仕事を最近ではよく引き受けているらしい。  日本語が堪能で見目よく人当りもいいアメリカ人記者は、どうやらあちこちで珍しがられ、歓迎されているようだった。「昨日、先生んとこのレオが来たよ」などと、草准もたまに近隣の者から声をかけられる。別に自分の所の者ではないのだが……と、思わず苦笑してしまう。  そうしたわけで最近は、その仕事のついでといった風情で、ふらりと訪れるようになったのだった。取材に来ているのやら遊びに来ているのやら、時々わからなくなる。  草准宅に泊まったあの夜から、レオも画家との距離が少し縮まったように感じているらしく、自身のことをいろいろ話すようになった。  話題はやはり、日本で暮らした子供時代のことが多い。祖父母のこと、好きだった食べ物、夢中になったアニメやゲーム。世代も育った環境も違う草准にも、それらの話はどこか懐かしく、聞いているのは楽しかった。  その一方でレオは、草准の個人的な事柄について、あの夜に話した以上のことは決して尋ねようとしなかった。  おかげで安心して接していられる。まったく、呆れるほどに勘の良い男だと思う。
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