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そんな日々の中、相弟子たちに任せていた合同展が無事、最終日を迎えた。その翌日だけは、草准もスケッチに出るのをあきらめねばならなかった。
慰労と打ち上げを兼ねて馴染みの顧客たちが設けてくれた会食の席に、さすがに顔を出さないわけにはいかなかったからである。
酒も出る席だったため久しぶりに電車を乗り継いでゆくつもりだったが、レオが車で迎えにきてくれた。申し訳ないことだったが、1時間半ほどのドライブは思いのほか楽しいものだった。
レオの車に乗るのは初めてだ。今時の若者が聴きそうな軽快な音楽がカーステレオから流れているのがいかにも彼らしかった。
「あんたは、いつもどんな音楽を聴いてるんだ?」
何気なしに尋ねられ、少しばかり返答に困る。
「僕は、音楽は聴かないんだ」
「聴かない?」
レオは小さく目を瞠ったが、すぐに納得したような表情になって言った。
「そういえば、あんたの家にはテレビもステレオも無いものな。パソコンは置いてあったが、YouTubeなんか見る感じでもなさそうだし……」
動画に見入る自分の姿を思わず想像してしまい、草准は笑いを堪える。
「そうだな、時々調べものに使うぐらいだ」
考えてみればあの家に越して以来、ずっと無音の生活を通していた。初めの頃はそうした楽しみを求める気持を、すっかり失くしてしまってのことだったのだが、今となっては、それが草准にとって自然な生活なのだ。
「家の中のことと畑仕事と、あとは絵を描いていれば、あっという間に時間が過ぎる。まあ、眠る前に本ぐらいは読むが、すぐに寝てしまうしね。音楽を聴いたりテレビを見たりしたいとは、まったく思わないんだよ」
考えてみれば寂しい生活だ。また呆れられてしまうだろうかと、運転席の若者をうかがう。しかしレオは、その横顔に楽しげな笑みを浮かべていた。
「本当に、あんたらしいな」
軽やかにハンドルを切りながら、彼は言った。
「初めの頃はいろいろとびっくりさせられたが、今じゃすっかり俺は、古箭草准の生活が大好きになったよ」
「大げさなことを言うな」と、草准は赤くなって答えた。
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