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 おかげで8時を少し回った頃には山奥の自宅に帰りつくことができた。  風呂に入って寝間着に着替えると、ようやく人心地が着く。いつものようにあたたかいほうじ茶を入れ、食卓で一息ついていると、ランプの陰に見慣れないものを見つけた。  昔懐かしい、プラスチックの小さな筒に入った写真のフィルムだ。あの男か……と思わず微笑が浮かぶ。  あんたの写真にはこの方がいい味が出るような気がすると言って、レオは最近、旧式のアナログカメラを携えるようになっていた。現像の技術も覚え、すっかり使いこなしているようだが、時にうっかりするのだろう。フィルムを取り換えたきり、置き去ってしまったらしい。  すぐに連絡しようかと思ったが、思い直した。昼過ぎに草准を送って都心に戻ったレオが、今この辺りにいるはずもない。どうせまた来るだろうから、その時渡せばいいと思った。そう決めてしまうと、とたんに眠気がきた。  どうにか寝室にたどり着き、倒れるようにベッドにもぐりこむ。  どうやら今日1日の疲れだけでなく、『銀の海』の制作から始まる長い間の疲労が一度に襲ってきたようであった。長いことろくに睡眠も取らず身体を酷使してきた報いが、今になって出てきたらしい。まだ眠るには早い時間であったが、今夜はもうとにかく寝てしまおうと灯りを消す。  しかしひどく眠かったはずなのに、どうにも寝付かれない。  あろうことか身体の昂ぶりが、その寝苦しさの原因であることに気づき、草准は苦笑した。  思えば長いこと、男に抱かれていない。洋服姿でレオを驚かせたあの夏の終わり以来か。自分にしてはなかなかのインターバルだ。  無意識のうちにずっと棚上げにしていた欲望が、今さらになって頭をもたげてきたのは、今日、ひたすら疲れる時間を終えた後に感じた、空虚のせいだろうか。  いつもならば全身全霊で絵を描き上げた後は、たまらなく誰かと寝たくなる。すべてを出し切った心が空っぽになり、何か他のもので満たさなくては死んでしまうような心地になるのだ。  だから忙しい時間の合間を縫って、行きつけの会員制バーにでかけ、飢えた心と身体を満たしてくれる相手を探すことになるのが常だった。例えば今日のような日なら、あのまま真っ直ぐ自宅に帰るなどありえなかったはずだ。  しかし今回に限って、そうした発想すらなかったことに気づく。  誰でもいいから抱かれたい、そうした衝動が薄くなっている。歳のせいかもしれない。  それならそれでいいと思った。  別に、欲望を覚えるたびに相手を探す必要などないのだ。  ためらいもなく草准は起き上がり、着物の合わせ目に手をのばした。そうして足を開き、わずかに持ち上がった自分の中心に触れる。
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