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 30代も半ばを過ぎれば、このような行為に罪悪感も背徳感も覚えはしない。出口をなくした欲望を自分の手で解放してやる、ただそれだけのことだ。  むしろ、一時の飢えを満たす相手を探すだけのために、わざわざ夜の街へ出て行くよりも、ずっと気楽でいい、とすら思えてくる。  様々なことが億劫になっている。人一倍、疲れる人生を生きてきたという思いはある。このまま、この家から出ることもなく、こんな風に自己充足しながら、たったひとりで生きて行くことができれば、いっそ、どんなにいいだろう……。  自身をやわらかく握りこんだ手のひらを、草准はそっと上下させた。背筋を走り抜ける心地良さに、唇から吐息が漏れる。  そんな彼の姿を見ているのは、窓からのぞく月の光だけ。大胆な気持になり、着物の襟をはだけて胸を露にする。月光に透けるような白い胸に息づくピンク色の尖りを掌全体で刺激すれば、後は走り出した欲望に身を任せるだけだった。  大きく足を開いて固く立ち上がったその部分を空気に晒し、手の動きを少しずつ早めて行く。我知らず腰が小刻みに揺れ出し、片膝を立てて身体を支えた。いつしか唇からは、甘いかすれ声の混じった吐息が、止め処もなく漏れ出してくる。  こんなとき、彼の頭の中はいつも「無」だった。思い浮かべる相手など、誰もいない。気持もなく寝た男たちとのセックスの記憶など雑念でしかなかった。心をひたすら空っぽにして、ただ快感だけを追い求める方が上手く行く。  いつも、そうであったはずなのに……。  不意に、ある面影が草准の頭に浮かび、彼を困惑させた。  13も年下のくせに、遠慮もなく彼の心に入り込んでくる、なのに誰よりも自分を深く理解しているように思える、あの男。彼が自分を強く抱きしめ、強引に唇を奪う様が勝手に脳裏に浮かんで、どんなに追い払おうとしても離れない。  力強い舌で思うがままに草准を貪ったその男は、そのまま彼を押し倒し、あちこちに嵐のようなキスを落とし始める。 「ああ…うっ…」  狼狽の中、クライマックスはあっという間に訪れた。激しい快感の波に抗う術もなく、草准は大きく腰を揺らして、背中をしならせ、切ない声を上げる。思わず男の名前を口にしそうになることだけは、どうにか堪えた。  月を覆っていた薄雲が晴れ、まぶしいほどの月の光が、吐き出した欲望をキラキラと照らし出す。
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