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************  参ったな……ハンドルを切って暗い山道を下りながら、レオはひとりつぶやいていた。  忘れ物は無事に見つかったものの、このままでは仕事にかかれそうにもない。心が、どうしようもなく乱れてしまって……。  実のところレオは今日、ずっとこの町にいたのだった。都心のホテルに草准を送ってからすぐ、とんぼ返りしていた。  もちろん仕事があったからだが、そのことを言えば画家は絶対に遠慮してしまうに違いないと思い、黙っていたのだ。  葉谷市内の取材先を何軒か回った後、馴染みの家で長く引き止められ、少しばかり遅くなってしまった。急いで帰途に着いたが、高速に乗る直前、社に戻って現像するはずだったフィルムを草准宅に置き忘れたままであったことに気づいたのだった。  草准は帰っているだろうか。いや、帰っていたとしても、さすがにこの時間から不躾に訪ねて良いものか。  取りに行けば、おそらく着くのは10時過ぎになる。人の家を訪ねるのに常識的な時間といえるかどうか、微妙なところだ。  しかしスケジュールに余裕はなく、今夜中に作業を進めておかないときついことになりそうだった。  それに少しでも早く、そのフィルムの中にあるはずの画家の姿を見たい……そう思うとにわかに、はやる気持が大きくなってしまう。  携帯に電話をしてみたが返答はなかった。しかしどうにもあきらめきれず、メッセージだけ入れて、彼の家に向かったのだ。
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