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あの夜、泊まっていかないかと唐突にレオを誘ってしまったのは、動揺のせいだった。
心が揺れるといつも、反射的に酒で気持を落ち着けたくなる。その悪癖が出た。
もちろん、相手がレオだったからこそ、一晩ぐらい共に飲み明かしてもかまわないと思えたのだが。
なぜ動揺したのかは自分でもわからない、あの時のレオの言葉が、自身のセクシャリティに触れかねないものであったからかもしれない、と思うことにしている。
しかし思いがけずも楽しかったのだ、レオと過ごした夜は……。
多少の酔いがあったとはいえ、なぜああもさらさらと、聞かれるままに自分の生い立ちなど語ってしまったのだろうと思う。しかしまったく後悔はないのだった。
あろうことか、もっと話してもよかったのかもしれないとすら、ともすれば思えてくるのだ。大した過去ではない。あの男ならもしかすると、笑い飛ばしてくれたかもしれない、などと……。
まったく、危ういことだ。
さまざまに浮かぶ思いを持て余しつつ仕事を続けていると、「草准」と再び師匠に呼ばれた。
杖をつく師の足取りが少し重いことに気づき、それまでの物思いは、きれいさっぱり、胸の中から消え失せてしまう。
草准はあわてて劫詠の元に駆け寄った。
「少し疲れが出てしまった。来たばかりで申しわけないが、そろそろ帰るよ」
劫詠はそう告げて、見送りを断り、秘書と共に帰っていった。
その後姿に、草准はたまらなく気がかりを覚える。先ほどの力強い立ち姿に安堵していたのだが、やはり、夏に倒れて以来、少しばかり疲れやすくなっているのではないだろうか。
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