私のママは食卓に座らない

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「サツキ、そろそろ起きないと遅刻するわよ」  廊下から、ママの声がする。アラームをセットしているデバイスは、とっくの昔に私の手によって枕の下に埋められている。どうにもこうにも、朝が弱い。もうちょっと、と毛布を引き上げようとするが、 「サツキ!」  ママの声に怒りが込められたのを感じると、自然に体が起き上がった。ママを怒らせると怖い。 「起きたー!」  そう叫ぶと、枕の下で目覚ましの音を鳴らしているデバイスを止め、制服に着替える。うちの中学はレトロさを売りにしていて、古風なセーラー服を標準服として採用している。その古臭さが逆にウケている。私だって、そうだ。この制服が着たくて、パパとママを説得して、頑張って勉強して、今の学校に合格したのだ。  ママは高等部までしかない学校よりも、大学まであるところを受けた方が将来のためになるってずっと渋ってたけど、パパは可愛い制服を着たいっていう私の気持ちを理解してくれたし、うちの学校は偏差値高いんだからいいじゃないかって味方についてくれた。友達の話を聞いていると、制服を推してくれるのは女親の方が多いから、うちは結構レアパターンらしい。まあ、ママは合理的だから。  それを、ママがアンドロイドだからだって言ってきた男子のことは、カバンでぶん殴った。ら、入学して一ヶ月で校長室に呼ばれたけど。最初はママが来てくれたのに、生身の人間を呼べって言い放った教頭のことは大嫌い。このご時世に、頭が硬い。ママには母のAI《人工知能》が積まれているから、私の保護者としての要件は満たしているのに。校長は、ママのことをちゃんと母親として認めてくれたから、好き。校長がいてくれなかったら、一ヶ月で学校辞めるって駄々をこねていたかもしれない。あぶなかった。  リビングに出ると、いつもの朝食が用意されていた。トーストと卵料理と、サラダ、ヨーグルト。今日の卵は目玉焼きだ。 「おはよう、パパ、ママ」  声をかけると、二人とも笑っておはようって返してくれる。  パパはデバイスに表示した新聞を読みながら、トーストをかじっている。私がデバイスで漫画を読みながらご飯を食べていると、お行儀が悪いって言うくせに。 「食事の時は、読まないでって言ってるでしょう」  ママが呆れたように言うと、パパは、ああ、うん、みたいな、曖昧な返事をした。  私はママを本当のママだと思っているけど、パパは違う。あくまで、私のお世話係としか認識していない。それはパパには、母の思い出があるからなのかもしれない。  愛した妻と同じ顔のアンドロイドに、嫁面をされる。それは面白くないんじゃない? 何様だって思うっていうかさ。なんて、ユリナは言っていた。うちに遊びに来た時、ママに対して他の家の母親と同じように接してくれた、ユリナのことは信頼している。だから、ユリナのいうことも、一理あるかなとは思った。  でも、ママは母なのに。母が自分の意思で残したAIなのに。それを認めないなんて、母にもママにも失礼だよな、って思う。だからちょっとだけ、最近はパパのことが好きじゃない。 「パパ、お行儀悪いよ」  だから私はママに加勢する。パパは私をちょっと困った顔で見てから、デバイスをスリープモードにした。 「はい、紅茶」 「ありがとう」  ママからティーカップを受け取ると、いただきますと手をあわせる。  ママの料理は美味しいけれど、ちょっとだけ雑。卵の殻が入っていたり、焦げてたりする。今日のトーストもちょっと焦がした気配がある。でも、それがママの料理なのだ。 「ごちそうさま」  デバイスを閉じてから、すごい勢いで食事を終えたパパは、席を立つ。 「自分で食べたものぐらい、流しに運んでって言ってるのに」  ブツブツ言いながら、ママが食器を運ぶ。パパはおばあちゃんに甘やかされて育ったから、家事に対する意識が薄い。悪気はないし、ちゃんと頼んだらやるんだけど。 「お行儀悪いし、食器は下げないし、パパはしょうがないねー」 「本当にね」  私がしかめっ面を作ってみせると、ママも同じような顔をして頷いた。そして、二人でちょっと笑う。 「っていうか、サツキものんびりしている場合じゃないわよ」  ママが言うから、慌てて食事に向き直る。  パパと私が食べている間も、パパと私が出かけたあとも、ママがご飯を食べることはない。というか、食卓の椅子に座ることすらない。  故人のAI搭載のアンドロイドは、食卓を囲んではいけない。そう、決められているから。食事をするのは人間だけだから。あとこれは非科学的だと思うけど……、食事を与えることは命を与えることになってしまうから。神さまにお供えをすることと同一だから。そんな理由もあるらしい。  食事は、人間とアンドロイドをわける壁だ。ママの頭脳は、母と同じものなのに。そうは思うけれど、法律で決められているのだからしょうがない。それを破って、ママが廃棄される方が困る。  でも、多分そこだけ。それ以外は、うちは普通の家族だ。 「行ってきます」 「気をつけてね」  玄関で手を振るママに手を振りかえすと、学校へと急いだ。
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