1人が本棚に入れています
本棚に追加
そうして、私の誕生日がきた。土曜日で、パパもお休みで、夕方には普通にいた。
ママは私の好きなから揚げと、手巻き寿司の用意をしてくれた。私の好きな、大きなチョコレートケーキも。
「はい、サツキ座って」
ママは言うと、ケーキのろうそくに火をつけていく。パパは黙ってそれを見ている。
「さて」
すべてのろうそくに火をつけたところでママは、椅子に座った。
「え……」
いつもだったら横で立っているのに。自分の誕生日の時でも。
パパも驚いた顔をしている。
「ほら、何しているの。ろうそくが溶けちゃう」
ママは言って、手拍子。ちょっと調子の外れた誕生日の歌を口ずさむ。パパも少し遅れて、それに続く。
私はただ、そんな二人を見ていることしかできない。
歌い終わり、二人が私を見る。
火を、消さないと。
ろうそくが、溶けてしまう。
そんなことを思い、体は自然と動いた。ろうそくを吹き消す。おめでとー! とママが手を叩く。誕生日プレゼント、決まらなかったみたいだから引換券ね、と封筒を渡される。いつもどおりの、誕生日。
ただ一つ、ママが座っていることだけは。
「……なんで?」
私が言葉をこぼれ落とすようにそうつぶやくと、ママはちょっと困った顔をして、
「私なら、そうするかなって、思ったの。違反行為であっても、家族がバラバラになるのを防げることを選ぶかなって」
そうして腰を浮かすと、向かいに座った私の頬を撫でる。
「サツキ、聞いてたでしょ? ごめんね、今日まで悩ませて」
横を見ると、パパが泣いていた。
「ごめん……」
小さく呟く。
「ちょっとー、サツキの誕生日なのに、なにめそめそしているの? ほら、食べて」
ママがおどけたような声を出す。
パパがそうだな、って頷く。
私を置いて、二人は食事に向き合いだす。
やめてママ、食べもしないのにから揚げを自分のお皿に置かないで。席に座っただけなら、そこまで重い罪にならないけど、食べる真似をしたらアウトだ。夜中にはデータが情管省に送られる。このことがバレる。違反行為を犯したママには、なんらかの罰が下される。下手したら、廃棄処分だ。
なのにどうして、二人は笑っているの?
パパ、嬉しいの? ママが約束を守ってくれたから? それとも、そのせいで厄介なアンドロイドがこの家から消えてくれるから?
どうして、そんなことをするの?
今日は、私の誕生日なのに。
「サツキ? ほら、食べなさい」
「だって、違反行為……」
「ああ、これぐらい大丈夫」
嘘だ、大丈夫じゃない。
先月、故人AI搭載のアンドロイドが、夫婦げんかの末、妻を殺した。あの一件で今、故人AIへの縛り付けは厳しくなっている。食卓につかない、たったそれだけのルールを守れないAIを、情管省が許すとは思えない。
二人とも、それを知らないわけないだろうに。
それとも、これはママの緩やかな自殺?
少なくとも、言えることがある。
私のママは、私を置いていったりしない。一人になんかしない。だから、ここにいるのはママじゃない。ニセモノだ。
ママをママとして認めている私じゃなくて、ママをニセモノだって思っているパパの願いを叶えた、ニセモノなんだ。
ひどい、ひどい。
私は立ち上がる。
私からママを、とらないで!
「ママを、返してよっ!」
「サツキっ!」
私は座っていた椅子を持ち上げ、大きく振りかぶると、ママの頭に向かって振り下ろした。
最初のコメントを投稿しよう!