私のママは食卓に座らない

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 そうして、私の誕生日がきた。土曜日で、パパもお休みで、夕方には普通にいた。  ママは私の好きなから揚げと、手巻き寿司の用意をしてくれた。私の好きな、大きなチョコレートケーキも。 「はい、サツキ座って」  ママは言うと、ケーキのろうそくに火をつけていく。パパは黙ってそれを見ている。 「さて」  すべてのろうそくに火をつけたところでママは、椅子に座った。 「え……」  いつもだったら横で立っているのに。自分の誕生日の時でも。  パパも驚いた顔をしている。 「ほら、何しているの。ろうそくが溶けちゃう」  ママは言って、手拍子。ちょっと調子の外れた誕生日の歌を口ずさむ。パパも少し遅れて、それに続く。  私はただ、そんな二人を見ていることしかできない。  歌い終わり、二人が私を見る。  火を、消さないと。  ろうそくが、溶けてしまう。  そんなことを思い、体は自然と動いた。ろうそくを吹き消す。おめでとー! とママが手を叩く。誕生日プレゼント、決まらなかったみたいだから引換券ね、と封筒を渡される。いつもどおりの、誕生日。  ただ一つ、ママが座っていることだけは。 「……なんで?」  私が言葉をこぼれ落とすようにそうつぶやくと、ママはちょっと困った顔をして、 「私なら、そうするかなって、思ったの。違反行為であっても、家族がバラバラになるのを防げることを選ぶかなって」  そうして腰を浮かすと、向かいに座った私の頬を撫でる。 「サツキ、聞いてたでしょ? ごめんね、今日まで悩ませて」  横を見ると、パパが泣いていた。 「ごめん……」  小さく呟く。 「ちょっとー、サツキの誕生日なのに、なにめそめそしているの? ほら、食べて」  ママがおどけたような声を出す。  パパがそうだな、って頷く。  私を置いて、二人は食事に向き合いだす。  やめてママ、食べもしないのにから揚げを自分のお皿に置かないで。席に座っただけなら、そこまで重い罪にならないけど、食べる真似をしたらアウトだ。夜中にはデータが情管省に送られる。このことがバレる。違反行為を犯したママには、なんらかの罰が下される。下手したら、廃棄処分だ。  なのにどうして、二人は笑っているの?  パパ、嬉しいの? ママが約束を守ってくれたから? それとも、そのせいで厄介なアンドロイドがこの家から消えてくれるから?  どうして、そんなことをするの?  今日は、私の誕生日なのに。 「サツキ? ほら、食べなさい」 「だって、違反行為……」 「ああ、これぐらい大丈夫」  嘘だ、大丈夫じゃない。  先月、故人AI搭載のアンドロイドが、夫婦げんかの末、妻を殺した。あの一件で今、故人AIへの縛り付けは厳しくなっている。食卓につかない、たったそれだけのルールを守れないAIを、情管省が許すとは思えない。  二人とも、それを知らないわけないだろうに。  それとも、これはママの緩やかな自殺?  少なくとも、言えることがある。  私のママは、私を置いていったりしない。一人になんかしない。だから、ここにいるのはママじゃない。ニセモノだ。  ママをママとして認めている私じゃなくて、ママをニセモノだって思っているパパの願いを叶えた、ニセモノなんだ。  ひどい、ひどい。  私は立ち上がる。  私からママを、とらないで! 「ママを、返してよっ!」 「サツキっ!」  私は座っていた椅子を持ち上げ、大きく振りかぶると、ママの頭に向かって振り下ろした。
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