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まるで映写機のような声帯だ。 あの人の声が、耳の奥で甦る。 『こんなに丁寧な書類を作ってくれるのは、 汐野(しおの)さんだけだよ。いつもありがとう』  営業二課、星屋(ほしや)さんの甘くキリッとした声。彼に名前を呼ばれただけで、私の胸はじんわりと火照(ほて)る。 午後四時を過ぎた今もなお、脳内で星屋ボイスパレードが鳴りやまない。 まもなく午後六時。終業間際のオフィス。 私のデスクに誰かの人影が大きくなった。 「汐野さんは残業?」 ほっ、星屋さんだった。チラリとのぞく白い歯が眩しい。 「あ、はい……」 「そう。がんばってね、お先です」  ネクタイ姿が宇宙で一番似合う星屋さんの後ろ姿を目で追った。――カッケーなあ。  ようやく私も残業を終えた。『退勤』に合わせて社員証をスキャン。私は家路についた。  駅からアパートへと向かう道中も、彼のスマートな笑顔が頭に弾ける。  ――星屋さんって、彼女いるのかなあ?  ()ける勇気も素肌もない。 乙女心にニキビは痛い。顔に広がる赤い怪物。 私の精神はニキビに頭を抱え、不健康そのものなのです。  ――ほわん、ほわん――  夜の帳はおりて、街はシルエットに染まる。  ――ほわん、ほわん――  (かぎ)の手に曲がった裏道。ハイヒールを響かせ私は歩く。 ――ほわん、ほわん、ほわん―― 「って! さっきから、ほわんほわんって何なのよ!!」  私は背後に感じていた謎の気配に勢いよく振り向き、声をあげた。  が、私は瞬時に固まった。  なんと、そこにいたのは――
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