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手早く片付けを済ませて、ロエルは外に出た。
もうじき日が暮れる。
今日は一日天気が良かったから、今夜も晴れるだろう。
そう思いながら、穏やかな気持ちで空を見上げる。
幼い頃から、よく聞かされてきた。
恋情のあまりに神の怒りをかった二人の物語。
雨が降ったら会えない。
天が晴れて星々の河が夜空に流れていたら会える。
あえたらいいのに。
だいすきなひとにあえないのは、さびしいよ。
そう言う度に、兄たちに天の神様に祈れと言われた。
大通りを、ロエルは急いで歩いていた。
「わっ!」
どん!と男にぶつかって転びそうになる。
「ああ、すみません。探し物をしていたので」
手を取られて前を見ると、上等な絹を纏った端正な顔立ちの青年が立っていた。
「いえ、こちらこそ」
はっとして、手に持っていた包みが潰れていないかを確かめる。
──よかった、大丈夫そうだ。
ロエルがホッとしていると、青年がロエルをじっと見て言った。
「⋯⋯それは、星餅ですね」
「え?そうですけど」
青年の真剣な瞳に、なんだかドギマギしてしまう。
今日は星餅を持って歩いている人なんか山ほどいるのに。
「それを、分けてはいただけませんか?」
「えっ、ええっ!?これは、おれが作ったものなんです。今から届ける先があって」
「ずっと探していたんです。純粋な気持ちの入った星餅を。それは、あなたの『想い』が込められている」
「純粋?」
「見返りを求めない、相手をまっすぐに思う気持ちです」
──確かに、今日の星餅作りの為に時間をやり繰りして準備してきたし、一生懸命作ったけど。そこまで御大層な代物じゃない。
「そんな大層なものじゃないんですが」
「いいえ!近年は、なかなか純粋な想いが集まらないんです。河の神は真摯な想いを好まれる。このままでは、晴れても河の流れが足りないのです!!」
⋯⋯何を言われているのか、さっぱりわからない。
「困ったなあ」
「お願いします。どうしても、今夜必要なんです」
青年は深々と腰を折って、頭を下げた。その姿勢のまま動かない。
通りを歩く人々の視線が自分たちに集中するのがわかる。
ああ、もー!!たぶん、こういうところが、おれのダメなところなんだ⋯⋯。
「⋯⋯わかりました」
ロエルはため息をついて、持っていた星餅を差し出した。
「ありがとうございます!!!このお礼はどんなことでも」
「大丈夫です。えっと、2個入ってますから」
「本当にありがとうございます!!」
青年は、ロエルに輝くような笑顔を向けた。
「ロエル!」
聞きなれた声に呼ばれて振り返る。
銀色の髪が夕暮れにきらめいた。息を切らせて走ってくる。
「なかなか来ないから、迎えに来た」
「ごめん、今ね⋯⋯」
ロエルが青年の方を向いた時、そこには誰もいなかった。
夕焼けに染まる通りに、穏やかな風が流れていくだけだった。
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