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ロエルは何度も嘔吐きながら、必死で舌を絡めた。
「はっはあ、いいわ、お前⋯⋯」
興奮した男は何度か腰を震わせた。
息を切らし、いきなり口から一物を引き抜いたかと思うと、ロエルの顔に熱い白濁を浴びせかけた。
「あ──!確かに顔はたいしたことないが使えそう。後は下の口の具合次第!!」
嗄れ声の男が笑い、大柄な男が舌打ちする。
リュカの視界は、怒りで真っ赤に埋め尽くされた。
──こいつらを、この場で殺せたらいいのに。
頭の中に幼い頃の記憶がよみがえる。
『蒼月』に来るまで、ちゃんと食事なんてもらえたことがなかった。いつも腹がへって、つらくて。
ぼろぼろの俺にお前は自分が作ったんだとパンをいくつも握らせた。
汚れた身体を風呂で洗い、一緒の布団で寝た。
どこにでもいるような顔で、どこにもいない笑顔の。
──お前を守るために、来たのに。
──どうして俺は⋯⋯何もできないんだ。
ガンッ!!
小屋の戸が音をたてて吹き飛ぶ。
刀の触れ合う音がして、騎士たちが飛び込んでくる。
「なっっ!」
「ぐっ!!うああっ」
入口近くにいた嗄れ声の男が殴られ、吹き飛んで壁にたたきつけられた。
一物を出したままだった若い男も腹を蹴り上げられ、床を転げまわる。
大柄な男は揉みあった末に騎士たちに取り押さえられた。
小屋の中には青臭い匂いが充満していた。
「⋯⋯よくも⋯⋯!」
地獄から湧き出るような声が聞こえた。
若い男の一物は、高く上がった靴に真上から容赦なく踏み潰され、部屋に絶叫が響き渡った。
放心状態のロエルの体が、強く抱きしめられた。
ロエルの目は何も見ていない。
「ロエル⋯⋯ロエル?」
名を呼ばれても、うまく声が出ない。
「ごめん。遅くなった⋯⋯」
震える声がもう一度、ロエルを力強く抱きしめた。
目の前にいるのが誰なのか、ようやく焦点が合う。
「リアン?」
ロエルの顔をリアンが布で拭いていく。
「あ⋯⋯ごめん。おれ、汚れてるから」
男の白濁が顔にも髪にも飛び散っていた。
リアンが顔の次は髪を、一本一本摘まみ上げるように丁寧に拭きとった。
「おまえはきれいだ。汚れてるところなんてない」
ロエルの目から熱いものが溢れだす。
リアンは、ロエルの縛られていた縄をほどいた。
「すぐに⋯⋯助けてやれなくてごめんな」
「⋯⋯⋯⋯」
「ここは王宮の外れの小屋だ。黒装束の男たちを手引きした奴らがズアにもいた」
「うん⋯⋯」
「⋯⋯泣くと、目がはれるぞ」
「うん⋯⋯」
「お前は、泣いてばっかりだな」
「⋯うん⋯⋯」
「ずっと笑顔のままにしてやりたいのに」
リアンの言葉が優しくて、止めたくても涙が止まらなかった。
ロエルは、リアンの肩に頭をもたれかけながら呟いた。
「おれ、わかってなかった。置屋の子だから、色々なこと知ってるはずなのに」
芸妓や娼妓の姐さんたちがいつも笑ってたから。
いつも頭を撫でながら微笑んでくれたから。
『花街は苦界でござんすよ、ロエルぼっちゃん』
美しい芸妓たちの口からこぼれた言葉は、思っていたよりもずっとずっと苦い。
──自分で選んでも辛くないわけじゃない。
「リュカ、リュカは?」
「⋯⋯大丈夫」
騎士の一人に支えられて起き上がったリュカが、絞るように声を出す。
「よかった⋯⋯。けがはない?」
リュカが力なく頷いた。
「⋯⋯お前はもう、自分のことだけ考えてればいい。リュカの名前なんか口にするんじゃない」
リアンがロエルにだけ聞こえるように囁いた。
強く強く抱きしめられて、ほっとしたせいか、体の力が抜ける。
「な⋯⋯」
「ん?」
リアンがそっと瞼に口づける。
「泣いたの、ないしょにして⋯⋯。すぐ泣く、って兄さんたちに言われるから⋯⋯」
「内緒にしてやる。だからもう、黙って抱かれてろ」
リアンの柔らかな唇がロエルの唇に触れる。
──どうして、こんなに気持ちがいいんだろう。
リアンの腕の中で、ロエルは静かに目を閉じた。
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